③ インドに来たのか、インドから出て行ったのか

 

■インドラとシヴァ
元々アーリア人つまり印欧語族はユーラシア大陸の中央付近にいて、そこから西へ向かった者がヨーロッパ人となり、南へ向かった者がイラン人やインド人になった、というのが定説である。「インド=ヨーロッパ語族」であるから、インド人とヨーロッパ人が同じ語族だということであり、よく知られている。印欧語族が移動を始めた時期にヒッタイトが消滅し、彼らが印欧語族系であったため、なんらかの関係があるのではないかという説があるが、明確にはなっていないようである。
サンスクリットで「神」はDEVAで、ラテン語ではDEUSであるが、これは印欧祖語の語根「DE」からきている。「DE=天」であり、よって神は天に居るという考えである。南下したアーリア人にとって、最初の主神はインドラだったが、彼はやがて「侮蔑され、呪われ、唾を吐きかけられる」ような存在へと降下し、その存在は非常に矮小なものになってしまう。その後アーリア人の主神として台頭するのがシヴァで、現在はインドの二大神の一人である。
インドラとシヴァは似た特徴を少なからず持っており、暴風雨神の性格を持ち、金剛杵を持ち、髪も肌も茶褐色であるなど、片方がもう片方へ進化したような感がある。有名なインダス遺跡には原初のシヴァ崇拝の痕跡があるといわれるが、インダス文明が誰の手によるものか判明しない以上、これをそうだと断定はし難い。アフリカ大陸の東にあるマダガスカル島は言語区分でインドと同じであるが、古代のシヴァ崇拝の痕跡が残っている。つまりインドからアフリカ東岸まで航海した古代の人々がいたわけだが、こういったことがどの程度の範囲で行われていたかはわからない。
インドラ崇拝とシヴァ崇拝が同居していた時期があったかどうかは私は知らない。インドラ=帝釈天であり、シヴァ=自在天・大黒天であるが、「帝釈天」は読んで字の如く「釈の帝たる天」であり、釈は釈迦の一字で、釈放と解放は同義である。日本の出雲におけるスサノヲとオオクニヌシが「スサノヲ→オオクニヌシ」の方向であるから、オオクニヌシが大黒天であり「インドラ→シヴァ」の方向であれば、インドラ=スサノヲといえるかもしれない。

■不思議と似ているもの
アーリア人が月信仰であったことは否定のしようが無いと思われるのでそれを前提とすると、「DEVA=月神」ということになる。であれば共通のルーツを持つヨーロッパ人の神も月神ということになり、「DEUS=月神」となってしまう。英語の「悪魔」つまり「DEVIL」の語源はラテン語の「DIABOLO(S)」だが、語幹の部分でサンスクリットの「DEVA」と対応している。もしアーリア人の神が月神だったら、それが悪魔の語源になっても不思議ではない。だがもしそうであれば、ラテン語のDEUSも悪魔になり、そこから派生した「神」を表す語は、全て悪魔を意味することになってしまう(ちなみにサンスクリットで「牛」は「GO」である)。ジプシーは元々インドにいた印欧語族だと言われているが、彼らの言葉で「神」は「DEVEL」である。つまりDEVAとDEVILの中間の段階である。
シヴァのシンボルの一つに「三叉矛」があるが、これはヨーロッパの悪魔が必ず持っているシンボルである。月神であるシヴァのシンボルを悪魔が携えているのは何故か。三叉矛は世界各地の神話によく登場し、「神が水の中の龍を三叉矛で刺し殺した」というモチーフはあちこちにある。インドにおけるその神話を見ると、結局「龍=牛」になっているが、これが極端な話バール崇拝とどう繋がるのかはわからない。「バラモン=バール・アモン(=天のバール)」だとしたら大変面白いが、これを論じた人を私は知らない。インダス文明における原初のシヴァ崇拝の痕跡を見ると「角の付いた仮面を被ったシャーマン」の図像があるそうだが、これらが全て繋がり「龍≒牛≒邪悪の象徴≒バール」であり世界の悪が一つの根源に収束するなら一大転換だろう。

■S→Hか、H→Sか
インドにおいてアーリア人は上層、土着の人々は下層であるが、当然バラモンはアーリアンである。アウトカーストを除く4つのカーストの最下層はシュードラで、「奴隷」と訳される。奴隷であるから当然御主人様がいるわけで、それはもちろん最上位のカーストである。「バラモンは白く、クシャトリヤは赤く、ヴァイシャは黄色く、シュードラは黒い」という言葉があるが、バラモン教はバラモンの宗教、仏教の開祖のゴータマはクシャトリヤの出身であった。アウトカーストはチャンダーラと呼ばれるが、その下に更にプツクサという最下層があるともいわれる。
インドにアーリア人が南下してきてインドを征服し、カーストを成立させると、バラモン教が存在する状態で仏教が新しく生まれ、両者は対立する。DEVAとASURAは元々仲が良かったが、結局仲違いする。ASURAはどこかへ行ってしまう。ゾロアスター教のアフラマズダの「アフラ」がアスラと同じであることは有名だが、今現在はアフラがアスラになった、つまりアーリア人が南下してきてイランを通りインドへ向かう際に、アフラ→アスラに転訛した、ということになっている。つまり「H→S」という変化をしたことになっている。
ここで少し考えたいが、「H→S」つまりアーリア人はインドに「来た」のか、それとも「S→H」つまりアーリア人はインドから「出て行った」のか。これを考えると多分に象徴的である。

もし「H→S」つまり現在の定説通りなら、
・火から死になる。つまり拝火的である。
・HE→SHEであるから、アダムからエヴァが産まれたという聖書の記述と一致する。
・HITO→SITOであるから、人が神に近づこうという発想に近い。

もし「S→H」つまりインドから皆出て行ったのなら、
・死から火になる。つまり手塚治虫の「火の鳥」のモチーフと同じである。
・SHE→HEであるから、女から男が生まれるという自然の摂理通りである。
・SITO→HITOであるから、元々人類は神の傍に居た存在だといえる。

海はSEAで太陽は日つまりHEだから、海から太陽が昇るというのは、S→Hであり、母なる海の母体から生まれた太陽が男だということになる。海でなく大地が女でも同じで、大地母神の胎内から男が生まれてまた胎内に戻る。太陽神は男神に決まっているから、大地は女=SHEで、死ねば大地に埋める。アダムとは「土」という意味である。日本の太陽神はアマテラスであるが、「アマテラスは元々男神だった」という説があり、もしそうなら日本においても古代の太陽神は男だったことになる。つまり古層とその上から被さった新しい層がどこにでもあって、古層はどこでも共通していることになる。
インドに話を戻すと、高位カーストであるアーリア人がDEVAだから、彼らが御主人様となり奴隷を引き連れる。奴隷=SYUDRAであるがSはHに変わるのでシュードラはHYUDRAであり、ヒュドラつまりヒドラである。そうするとシュードラというカーストは魔物の群れということになり、その主神であるガネーシャが魔物の主であるのは当然である。
余談であるが、ガネーシャはシヴァの息子であり、シヴァの別名は「パシュパティ=獣の主」である。「獣」という漢字は「ジュウ」とも読め、「JEW」がユダヤ人のことであるのは言うまでもない。

■スタートかゴールか
では結局インドに皆は「来た」のか、それとも皆は「出て行った」のかであるが、観念論的ではあるが、もしインドに来たつまりインドがゴールであれば、「文明の最終到達点はインドのカーストのような差別社会」ということになり、逆にインドから出て行ったのであれば「文明のスタートはインドのカーストのような差別社会で、そこから平等な社会へと進化する」と考えることが出来る。
御主人様に引き連れられたヒドラたちが外へ出て行って街を荒らし回ったのか、それとも暴れ回っていたヒドラたちがインドへ追い込まれたのか。前回「シヴァのシンボルは現在世界でばらばらになっている」と書いたが、来たのか出て行ったのか、これは大変難しい。どちらの可能性を考えても正当性が存在する以上、定説を覆すことは困難だろうし、意見は二分するだろう。少なくとも「アダムからエヴァが産まれた」という聖書の記述に逆らうことは誰にも出来ない。
全ての文献なり物証なりが本当なのであれば答えは一方通行のはずだが、そうならないのは嘘が多分に含まれているからだろう。「嘘・偽=false」であり、そのまま読めばファールスである。

(2008/09/10)