⑫ 海洋民族と三叉戟

 

■秦河勝という名前について
「秦河勝」という名前が、モーセと同じで、「海から掬われた者/拾われた者」を意味するというのは、よく知られている。この意味だが、こういうことだろう。まず「ハタ」は古代朝鮮語で「海」を意味し、「カワ」は現代日本語の「カラ」と同じで「from」の意味、「勝」は文字通りvictoryもしくはsaveの意味で「救う」「掬い上げる」を意味すると思われる。つまり「秦河勝」で「海から掬い上げる」という意味になる。
モーセは生まれた時、葦の葉の船に乗せられて海に流され、エジプトで紅海から拾われたのでこの名が付いたが、秦河勝が同じ意味の名を持っている。そもそも「救われる」というのが何から救われるかだが、ユダヤ人が自らを苦難の歴史の民族だと“自称”し、常にそこからの救いを求めているとされていること、またその姓に「海」という意味の字を冠していることからもわかる通り基本的に海洋民族だったユダヤ人=秦氏が、海から掬い上げられるという発想を持っていること、この両者から、「救う」「掬い上げる」という名前になったものと思われる。

■天皇とミカド
福井県勝山市から、新嘗祭の際に稲穂が献上された。その際、神主の役を務めたのは「門(かど)」という姓の人物であったが、カドという言葉に尊称のミを付ければミカドである。おそらくこの門という家が、古代のミカドだったのではないか。現在の天皇家がいつから日本の支配層になったかは、以前述べた文章の通り、第二層の秦氏が日本を制圧し、その後第三層の天皇家が渡来してからだと思うが、それ以前に日本列島を統治していた第一層の支配層が、ミカドだったのではないか。おそらく、海洋的要素の希薄だった第一層の日本列島をミカドが支配しており、そこに海洋民族のユダヤ系民族=秦氏・天皇家が渡来し、そこで抗争が起こり、負けたミカド側が現在の福井県に流され、稲穂を献上する役割を担わされたのだろう。
海洋的要素に関して言うと、一番大きな違いは「船を使うか」「どのように漁をするか」だろう。第一層の日本人は、船で外洋に出る文化ではなかったはずだ。彼らが漁をどのようにしていたかだが、銛(もり)を使って魚を突き刺すという、いわゆる海人(あま)型の原始的な漁だったろう。クジラ漁も元来銛で刺して捕るやり方だが、同じく第一層の文化に属すると思う。
では海洋民族はどうかというと、当然船に乗って外洋に出て、漁にも船を使う。地引網を使って魚を捕るという漁のやり方は、明らかに海洋民族のものである。ユダヤ人は砂漠を放浪したとかシルクロードで交易をしたとか、陸地を移動するイメージで捉えられることが非常に多いが、実際には海洋民族で、そもそもカナンは海のほとりである。ペリシテ人が海洋民族でユダヤ人とは対立していたと言われているので、その海洋性が大きく取り上げられることがないが、実際にはユダヤ人は海洋民族である。ソロモン王の時代に「ソロモンの栄華」を支えたのはその大船団で、現在の太平洋のソロモン諸島もその時代にユダヤ人が来ていたからその名が付いたと言われている。日本における彼らの主神とも言えるスサノヲも、その職能は「海原の支配者」である。

この「海洋性」だが、古代の歴史を考える上で最も重要な要素で、古代民族にどれだけの航海技術があったか、それを認めるか否かで解釈は大きく変わる。一般的に古代民族にはそれほどの航海技術はなかったと考える向きがあるようだが、それこそが「歴史を解明されたくない者」の情報操作が多分に加わっていると言える。実際には古代から航海技術は非常に進んでいたと考えるべきで、実際古代エジプトの遺跡からは巨大な構造船の遺構が見つかっているし、日本の大阪からもエジプト船の遺物が発見されている。「歴史を解明されたくない者」とは取りも直さずユダヤ人のことであるが、彼らが自らが海洋民族であったことを隠し、古代に航海技術が高度に発達していた事実を隠していることが、世界の歴史の全体像を見えなくしている一番の要因である。

新嘗祭は謎の儀式と呼ばれ、稲穂を献上する風習もその理由ははっきりしていない。もし古代に稲作民と非稲作民の抗争があり、それが秦氏・天皇家=第二層・第三層と第一層の抗争であったならば、よく言われるように「弥生人が船で稲作と差別を持ち込んだ」とすると、前者が海洋民族で稲作を持ち込んだ弥生人だということになる。新嘗祭がこの両者の戦いの勝敗によって成立した儀式であるならば、ミカド側は稲作民たる天皇家に、敗者の証として稲穂を献上しているのではないだろうか。

■銛と三叉戟
日本において第一層が非海洋民族で、漁の際には銛を使っていた、と述べた。もっと言うと、この「銛」というのは「三叉戟」である。私は地球の文明を汎世界的に考えたいので、日本において第一層があったならば、世界的にも同じように第一層的な文明が広がっていたと考えたい。それが日本において海洋民族の襲来と支配によって取って代わられたならば、世界的にも同じような抗争と支配被支配の動きがあったはずである。
インドにおいてカーリー/ドゥルガーが牛の姿をしたアスラを三叉戟で殺すという神話があるが、これは氾世界的に同じ形式の神話が広がっている。牛の角は三日月の形をしており、三日月はクルで、クルは龍なので、つまり「水の中の龍を(太陽)神が三叉戟で刺し殺す神話」である。これはメソポタミアにも、バビロニアにも、アフリカにもヨーロッパにも、果ては朝鮮半島や新大陸にまで存在する神話型である。これが日本における第一層と海洋民族の抗争と同じく「古層と侵略者との戦い」を表した神話であったとしたら、古代の世界には汎世界的に同一の文明層が広がっていて、どこでも海洋民族との戦いが起こったのだ、と考えられる。
インドにおいてカーリー/ドゥルガーは色の黒い神であり、土着信仰に基づく神だと思われ、太陽信仰側に属する神格である。それが三叉戟を使って牛の姿をしたアスラを殺すのは、月信仰側の勢力を倒したというメタファーである。汎世界的にその神話があるのは、古代に世界規模で太陽信仰と月信仰の戦いがあったことを示している。水の中の龍を殺す際(太陽)神が三叉戟を使うのは、彼らが漁の際に銛つまり三叉戟を使うことの暗喩、龍とは海洋民族の乗った船を意味する暗喩だろう。三叉戟はその「海」「漁」という最も対照的な両者の要素を端的に表すシンボルとして、ここでは現れている。
龍はクルだから当然三日月で、以前述べたクル族のことであり、これがユダヤ人なら、まさに海洋民族たるユダヤ人が汎世界的に古層つまり太陽信仰の人々と戦いになったことを意味する。龍は邪悪の象徴だから、ユダヤ人≒悪魔であることの象徴でもある。太陽信仰と月信仰の争いが、古代まで遡ることの証左として、「水の中の龍を(太陽)神が三叉戟で刺し殺す神話」は汎世界的に広がっているのだ。

■尊称の“ミ”
尊称には色々あるが、その中でも「ミ」という尊称は、太陽信仰側のものだった可能性が高い。そのルーツはインドにあると思われる。例えば太陽はスーリヤであるが、SURYAに尊称のミを付けるとミスラになる。また日本において一戸~九戸までの地名は東北地方に存在するが、これがユダヤ人のコロニーだとすると、十支族でありながら十番目が無い。以前述べたように「戸」は戸来村や戸隠村に付く漢字で、ヘブライを表す可能性があるが、十番目が無いのは不自然である。もし尊称のミがそれに付いて「ミ戸」ならば、茨城県には水戸という地名がある。利根川という名称は、もし根の国というのが千葉県を表すのであったならば、戸と根を区切る川であるから戸根川となり、そこから利根川になった可能性がある。
ミスラはミトラであるが、そこから来たミトラス教が12月25日にその冬至の祭りをしていたことからクリスマスの行事が生まれたことは知られている。キリスト教が本来太陽信仰側の宗教なのは自明であるが、それが尊称のミと結びついているのは決して偶然ではあるまい。

(2017/07/22)