4月 222013
 

俺はコリアンのことをどうとも思わない。思ったこともない。しかしなぜか彼らは、俺に特別な感情を抱いている(者もいる)ようだ。この理由は全くわからない。そもそも俺は千葉市の出身で、いわゆる同和問題も在日問題も無縁の環境で育った。だからそういうのを積極的に体験して強い感情を抱いているのでもない。ただ単純に、俺がなぜか彼らから「強く思われる」ために、必然的にそういうのに敏感になっただけだ。
パラグアイにいた時は、俺は日系社会からは爪弾きにされてたので、下手糞なスペイン語ではあったが、パラグアイ人の友人を作ろうとしてた。俺はむこうにいた時はある意味有名人だったので、面白がって近づいてくる奴は結構いた。毎度下手糞なスペイン語でやり取りして、それなりに知人はいたかもしれない。けれどパラグアイは不思議な国で、何というか「本当の事を言ってはいけない」というルールがあったりして、故に「自分を無視している者が一番友好的」だったりもする。逆に最も友好的に見える者が一番自分に敵愾心を持っていたりもする。そういう訳のわからない面がある、あの国には。
わざわざ自費渡航していった先の日本語学校で三ヶ月で追い出されたが、その際俺に一番味方をしてくれてたのが、俺を一番嫌ってたように見えた教頭だった。あそこで「プロ教師」だったのは、日本から来ていた、定年まで教師を務め上げたという伊藤さんという人だったが、彼も俺に味方してくれていた。要するに教頭とプロという、最も立場が上の者は、俺に「適性がある」とみなし、ちゃんと認めてくれてたのだ。だから俺が追い出される際に、わざわざ職員会議なんぞを開いてくれて庇ってくれた。まあ俺はあの職場で、なぜか途中から不眠症になってしまい全く眠れなかったが、計7回も徹夜明けのまま授業をやったくらい頑張ったのだ、さすがにぶっ倒れそうだったが。仕事自体も楽しかったし、自分にとって悪い思い出ではない。辞める際に生徒が書いてくれた「せんせいさようなら」という手描きの絵は、今でも大事に持っていて財布に入れてお守りにしている。ありがとう、楽しかったよ、みんな。
で、俺はそこを辞めた後は、日々街をブラつく生活になった。そういう「定職についてない」身分というのが、余計にむこうで爪弾きにされる要因にもなったが、俺は俺で日々を楽しんでいた。「初めての外国生活」で、見るものすべてが新鮮だったし、小さい町だったが日々新しい発見があった。コピーCDの露天や串焼き肉の屋台を巡り歩いて研究したりもした。んで、他民族のテリトリーに入ってみると、やはり面白い発見がいろいろあった。つまりコリアンと台湾人の店である。日系の食料品店は1軒くらいしかなく値段も高いので、俺は頻繁に彼らの店で買物をしていた。多分最もよく訪れる日本人だったろう。コリアンも台湾人も、アジア食品を大量に安価で売っているので、美味いものを手に入れたかったら彼らの店に行くほうがずっといい。そういうわけで俺はしょっちゅうそこで買物をしていた。
そういう中で、「映画並みにヤバい光景」を見たこともある。あるコリアン旅行会社の前で、何かの見せしめとしてであろう、片腕の無い傷だらけの男性が座らされていたり、また片手が動かなくなった女性が座らされていたり、そういう光景を見た。そして時間ごとに座らされる人が交代し、シャッターの中に消えていく。ある日俺はその女性の横に座って話してみたが、彼女が言うには「・・・自分は昔男にモテたんだ。この腕輪は男がプレゼントしてくれた。この腕輪は別の男がプレゼントしてくれた。これはまた別の男だ。これも、これも、全部違う男から貰ったんだ。けれど、~~~~だから、~~~~がなって、こうなっちまった!あいつはわたしを鎖で繋いで鞭で打ったんだ!だから~~~~で右手は動かない!!」そう叫び、右手を見せるが、動かないようだ。そして「鎖で繋がれていたから、皆わたしをチャインと呼ぶ」と言った。CHAINのことだろう。彼女は紙に自分の名前を書いて、俺に見せてくれた。それには「CHAIN MARGARITA」と書いてあった。俺は彼女に何も言えなかったが、動かない右手を握って握手をし、たまたま持っていたビー玉をあげた。チャインは、そのビー玉を、ものすごく綺麗な宝石かのように、見つめていた。
コリアンに限らず旅行会社というのは悪い奴が多いようだったが、詳細は知らない。けど映画並みにヤバい光景というのは、その旅行会社の前で見たその一件のみである(本当にヤバい魔窟の類には足を踏み入れなかったし)。そして俺は、その正面にあるコリアンの食料品店に頻繁に行っていた。不思議なことに、初めてその店に入った時、店主のオヤジさんが俺の両手を握って「グラシアスグラシアス!頑張って下さい!!」と(日本語で)言ってきた。また奥さんも息子さんも、俺にはとても良い態度で接してくれた。多分最初から俺のことを知ってたんだろう、理由は知らないが。とにかくそのコリアン食料品店の一家は、俺にとても優しかった。だが他のコリアンの店に行ってみると、ある料理店では店主が真っ赤な顔をして怒りだし、「I DON’T LIKE YOUー!!おまえは嫌いだ!!」と俺を(日本語で)怒鳴って追い出した、ということもあった。彼も俺のことを最初から知ってたんだろう、理由は知らないが。そういうのは他にもあり、店によってはニコニコして迎えてくれるのに、店によっては嫌~な顔をして迎えたり、そういう違いがあった。俺は気づかない振りをして接していたが、皆俺のことを最初から知ってたようだった。そしてその理由は知らない。
コリアンが俺を「強く思う」理由、それは俺にはわからない。ただ俺は、初めての海外で、単純に安くて美味いアジア食品を買える彼らの店を便利に使っていた、それだけだ。そして同じアジア民族として、異郷の地で親近感を覚えた、というだけだ。コリアンの銭湯にもたまに行ったし、ハングルの漫画図書館なんてのも見つけたし、レンタルDVD店も開いてるし、彼らは異国の地でも日本人以上に上手いことやってるなあ、と感心してた。まああっちではKOREAじゃなくてCOREAなのは、ちょっとつまんないよなとは思ったけど。