4月 072013
 

「神様っているの?」という問い、つまり「神の実在について」、これは人類最大の、そして最古の、大いなる問いである。そして未だに結論は出ておらず、今後も出ることはないだろう、永遠の命題だ。
僕個人は、神様というのはいると思う。もちろん根拠も証拠もない。だって見えないし聞こえないし。けれど、ちょっとした些細な出来事や、ふとした偶然、何気ない自然現象の中に、その存在を感じることがある。そしてそれは、僕個人がそう思うだけであって、他の人にはそうは思えないだろう。逆に他の人がそう思うことがあっても、僕自身には感じられないかもしれない。まさに人それぞれで、だからこそ「神の存在」は、人類の永遠の問いなのだ。
けれど理詰めで考えると、ちょっとだけ答えに近づくことがある。あくまでもレトリック上に過ぎないが、ほんの少し「ん?もしかしたら」と思うような、そういう理屈の詰め方が存在する。

「神の実在を証明せよ」という命題について、過去の神学上の議論がどのようになされたのか、僕は知らない。けれど誰にも見えないし聞こえない、それだけはわかる。よって、それを証明しようとしたら、100%になることはありえないが、頑張ればそのパーセンテージを伸ばすことは出来るだろう。そしてもしかしたら、それが99%まで達するかもしれない。そう考えると、神の実在(の証明)とは「どんなに頑張っても99%」ということになる。

次に宇宙の伸張について考えたい。宇宙に関する科学的議論に関しても僕はよく知らない。たまにそういうのを読むと、すごく形而上学的なお話が繰り広げられていて、とても興味深いと思うが、僕自身は詳細には明るくない。けれど、ビッグバンを始点にして伸張を始め、それが無限に広がり続けている、そういうものだというのは知っている。であれば、無限に広がり続ける以上、それが100%に達し終達してしまうことはないと、そういうことになるはずだ。ということは宇宙(の伸張)というのは「常に99%の状態」であるということにはならないだろうか?それは「どんなに頑張っても(=最大で)99%」と同義であろう、いや、である。

上記の二つを合わせて考えると、『神の実在』と『宇宙』が、そっくり重なりあうのだ。共に「どんなに頑張っても99%」という存在、それが神と我々が住む宇宙だ。だから僕は、たとえそれが見えず聞こえずとも、神様はいると、何となく思う。そしてそれを証明しようとしても、やっぱり99%までなのだ。:-p

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