4月 102013
 

俺はずっと長いこと、家族の関係を修復したいと思ってきた。それは学生の頃からそうだったし、卒業した後もそうだったし、南米に行ってた時もそうだったし、帰ってきてからもそうだった。
人間が生きていく上で、最低限の、基本となる単位、それが家族だ。俺は「外でどんな目に遭っていても、家族の絆さえあれば」と思っていた。もちろん迷いがあったりそれを忘れていたこともある。けれどそれはずっと根底にあったし、今はそれに気づいている。もはや揺るがない自信がある。
思えば、その「一番大切なこと」を最も台無しにしていたのは、俺自身だった。俺はバカだったので、それとは正反対のことを考えていた時期もあった。しかし気がつけば、今現在は、その「最も大切なこと」が何であるのか、自覚している。
俺の家族は単なる日本人のサラリーマン一家だ。年収1千万に満たない平凡サラリーマンの父と、パートに出なければ生活費が賄えない母、兄弟は皆地元の公立校へ行き、皆それなりの大学に進んで、今では普通の住居に住んでいる。俺自身も公立校からそれなりの大学へ行ったものの、留年を繰り返し、卒業しても職がなく、適当にバイトをすることはあっても基本ニートという、要するにうちは「中流やや下の平々凡々な日本人サラリーマン一家」だ。それが随分な苦労を背負い込んでしまったと、そして俺のせいで背負い込ませてしまったと思う。
南米にいた時スペイン語を習っていたが、そこで「cambiar」という動詞を習った。意味は「変える/CHANGE」である。俺は単純に「ゲバラはかっこいい」と思っていたので、「あんな風になれたらいいなあ」と思っていた。もちろんゲリラを組織して戦死したいというのではなく、単純に「ヒーローになりたい」と思ってただけだったが。だから俺は、スペイン語で「cambiador」なんてのになれたら(かっこ)いいなあ、と単純に思っていた。そして多分、世界のほとんどの男は、単純な性格だろうと捻くれた性格だろうと、同じように思うはずだ。
俺の銘として「どんな経験でも役に立つ」というのがある。もちろん程度に限度はあるが、それが生命に危険がない程度のものであれば、役に立たない経験はないと思う。それは俺が、学生時代から不遇であり、理不尽な経験をいろいろしてきて、そしてそれは昨今も同様だが、けれどあくまでも「許容できる範囲のものであれば」、どんな経験でも役に立つと思う。不遇な人生であれば不遇なりの物の見方ができるようになるし、理不尽な経験をすれば理不尽というものを理解できるようになる。それは、弱い人たちの気持ちをわかるようになる、というのと、近いようで確かに近い。

『人は流した涙の数だけ悲しみを知る。受けた痛みの数だけ砂塵を噛む。そして立ち上がる時、背負ってきた荷役の数だけその喜びは大いなる』。

前回の文章で「神様っているの?」という問いについて書いたが、一言言いたい。「――全ては神の御心のままに」。そして、ポールはこう歌っている――「Mother Mary whisper “Let it be.”」

  2 Responses to “Remember to Re-member”

  1. 今までの日記の中で最もいい内容だ。色々うまくいくといいな。

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