4月 242013
 

僕は中学時代、筒井康隆が好きだった。60年代~80年代のつまり全盛期の彼の作品は、全部読んだ。全盛期の彼の作品は本当に面白かったし、どれもこれもすごかった。何がすごかったかというと、とにかく彼は「日本語の魔術師」という感じで、日本語を使いこなす天才という感じだった。短編・中編・長編・ショートショート・エッセイと、どれを読んでも本当に面白かったし、そこで展開される彼の日本語の魔術は、読む者を魅了した。しかし唯一、彼が書いたものでつまらなかったのがある。それが「虚航船団」だ。あれは純文学作品らしいが、はっきり言って全く面白くなく、僕はほんの少し読んで読むのを止めてしまった。僕は「この人は純文学は書けないんだな」と思った。
そういう、筒井康隆が「日本語の魔術師としての才能を発揮して書いた作品」は、多分80年代最後の「歌と饒舌の戦記」までだったと思う。彼は天才なので、その才能のみでずっと書いてきたが、その路線で書いた最後の作品はそれだったろう。しかしこれは面白くなかった。僕はこれを読んで「あ、ついにこの人はネタが尽きたんだな」とわかり、少し寂しくなったのを覚えている。そしてつまらないので、途中で読むのを止めた。
それからちょっとして「文学部唯野教授」がベストセラー一位となり、大きな話題になった。当時僕は新聞でそれを知り、驚いた記憶がある。「あんなつまらないのを書いた人が、復活したのか」と、嬉しくもなった記憶がある。そもそもベストセラー一位なんてそれまでもなってなかったから、よっぽど面白いのを書いたのかな、と意外に思った。そして買ってきて、実際に読んでみた。そうしたら、やっぱりつまらなかった。この作品は従来の「魔術師のとしての才能」で書いたものではなく、実験的というか計画的にプロットを定めて書いたものだった。つまり『全体の文章を普通の文体で書き』、合間合間に『「小難しい文学論」と「従来の才能で会話文を弄ったもの」を書きその二つを並べて』、そのパターンを繰り返して最後まで話を進め、最後の最後をハッピーエンドで締めてみた、というものだった。これは明らかに従来の才能のみで書かれたものではなく、「実験的「計画的」に書かれたものだったし、そもそもハッピーエンドで終わっていたので、僕は「つまらない」と思った。だから、ベストセラー一位になったのは、とても不思議に思った。何でこんなつまらないのに、と不思議だった。
そして同年、今度は「ロートレック荘事件」が、再度ベストセラー一位になり、僕はまた驚いた。当時「筒井康隆初のミステリー長編」として、かなり大きな話題になった。しかもベストセラー一位。僕は「つまんないのしか書けなくなっちゃってるのに何で?」と不思議だったが、とりあえず読むことにした。高校のクラスメートが買ったと言ってたので、借りて読んでみた。そしたら・・・やっぱりつまらなかった。なぜなら、この作品は「過去の作品の焼き直し」だったからだ。この作品は「映像化不可能!」というのがウリで、つまり「文章の書き方によって一人いるのか二人いるのかわからない」というレトリック上のテクニックを使って書かれたものだった。しかし実はこれは、筒井康隆が随分以前に自分の作品で使った手法だった。確か「いてえよ杉夫」「いてえよ照夫」とかいうショートショートか短編じゃなかったかな・・・?ちょっと忘れたけど、随分前に彼が短い作品で使った手法とそっくり同じだった。だからこの「ロートレック荘事件」は、二番煎じで、過去のネタを再利用し長編にしたに過ぎなかった。つまり彼は、この時点で「ネタ切れ」だったのである。
その後、筒井は特に話題にならない作品を幾つか発表し、僕も読んでみたが、どれもこれもつまらなかった。「旅のラゴス」とか「串刺し教授」とか、一応読んではみたが、本当につまらなかった。一つだけ話題になったのは「朝のガスパール」だったが、あれはインターネットで話のアイデアを募集する、という「話題になっただけの作品」で、読めばわかるが本当につまらない。僕はこれも、途中で文庫版を読むのを止めた。60年代~80年代の全盛期にあんなに面白い作品を湯水のように書いていた作家でも、やはり才能の枯渇はするんだなあと、感慨深く思ったものだ。けど世間では「実験路線」とか持ち上げられてたので、僕は何となく違和感というか「皆わかってないなあ」と一人思っていた。
そしてその後だろうか、彼が「断筆宣言」をしたのは。当時彼が噂の真相に連載してた「笑犬樓よりの眺望」にも書かれてたが、彼はいわゆる「言葉狩り」に反発して断筆する、と言っていた。僕は彼のそのスタンスは正しいと思ってたので、個人的に「さすが筒井先生、気骨がある」と思って少し嬉しかった。けれど今考えると、それは彼が「嘘をついていた」のだ。彼が断筆をした本当の理由、それは『才能が枯渇したのでもう書けません』ということだったのだ。なぜなら、彼が断筆を解除して最初にしたこと、それが『純文学路線』の宣言だったからだ。冒頭に述べたように、筒井は純文学は書けない。全盛期ですら、彼は純文学は書けなかった。天才としての才能に溢れていた時期でさえ、「虚航船団」という駄作しか書けなかった。だから彼が純文学路線をわざわざ自分自身で宣言したということは、『=私はもう書けませんよ』と宣言したに等しい。だから彼は、当時『負けを認めます』という写真を、わざわざ公開までしたのだ。
・・・というわけで、今はもう、筒井康隆にかつてのような才能はない。悲しいが、新しい作品をたまに読んでもがっかりするばかりである。どんな天才でも、才能の枯渇はあるのだ。ただ、全盛期には、真の「日本語の魔術師」だった彼の、当時のその作品群は、本当にどれも珠玉である。それでいいと思う。
最後に、僕が全盛時の彼を一言で表すならば、『日本語でマンガが描ける人』だろうか。筒井先生ならもっといい表現があるだろうけど、僕にはこのくらいしか言えないや。:-(

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