5月 062013
 

誰にだって、人生がある。そして平坦な人生なんてものは、無い。どんな人の人生にも、坂もあれば壁もある。もちろん人によってその強弱は異なれど、平坦な人生なんてものは、無い。
そして僕は、困難な人生だと思う。「何でこんな目に」と思うことはたくさんあったし、昨今も同様だ。はっきり言って僕は、「貧乏クジをひく役」だろう。他の人を見ていると、楽でいいなあと思うことは多い。ほとんどの他人は、僕のことを苦労してないとか、いい加減だとか勝手に思っているかもしれない。けれど実際には、僕はいろいろ大変だった。努力もさせてもらえなかったし、今は今で三十路ニートとか・・・。人一倍「努力したい、させてもらいたい」と思い続けて、気がつけばもういい歳である。

高校の頃柔道を始めて、とても面白いので夢中になった。高校時代は勉強は一切やらず、部活のことばかり考えていた。僕はケンケン内股に凝っていたので、TVで吉田選手とか田辺選手の試合を見て、ビデオをスロー再生して見たりしていた。あとは大外刈が得意だった。高校2年の時県大会に団体戦で出た時、初戦で次鋒で出場し3人抜いたが、あれが僕の最高の成績だったなぁ・・・。当時の顧問の先生は早稲田の柔道部の出身だったが、ある日その人が真面目な顔をして、静かに「おまえは適当に練習してるけど、本気出してやれば地区大会くらい簡単に優勝できるくらいの才能があると俺は思ってるよ」と言った。

高校3年の終わり頃、近所の古本屋に行くと、ある本が目を惹いた。それは八切止夫とか鹿島昇の書いた古代史の本で、手にとって捲ってみると、変わったことが書いてあった。すごく興味が湧いたので、即座に買って家で読んでみた。高校生にとって彼らの本はものすごく刺激的だったので、僕は「歴史学にはこういう考え方もあるのか」と興奮して、それ以来古代史のことが頭から離れなくなった。だから大学に入ってもそういう異端的な古代史の本を多く読んでいた。大学は福岡市にあったので、紀伊国屋とか丸善とかショッパーズの本屋でそういう本を探したり、また古本屋を見つけて本を探すこともあった。大学ではインド哲学科に所属していたが、僕は皆に「哲学には興味ありません」と公言し、教官にも「サンスクリット語やるよりもっと役に立つ講義をしてくれ」と頼んだ。そしたら学部3年の時、英語の論文を読むという形に変えてくれた。僕はなぜか、欧米語とサンスクリット語を音で聞き分ける能力に長けているらしく、例えば「sarpa=serpent」だと言い当てたり、「vac=voice」だと言い当てたり、「loca=location」だと言い当てたり、そういうことが何回もあった。それに僕は一方的に話を聞く授業はつまらないと思っていたので、教官に自分の考えを話して解説を求めるようなことが多かった。そうしたら、ある時教官は「・・・それだけ勉強してるなら、大したもんです」と、静かに言った。僕はこの教官に褒められたことを、今でも誇らしく思う。

これまでの長い時間で、僕が自分の才能と能力を正当に発揮して、正当な結果が得られていたならば、今頃どうなっていただろう。そりゃもちろん、自身の努力が足りない部分だってあったが・・・それと意地も。「たられば」は歴史においても人生においてもあってはならないものだが、僕は「貧乏クジをひく役」だったので、未だに何の結果も得られていない。もういい歳だし、これから・・・。

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