5月 212013
 

昨年の暮の一連の出来事がなんだったのか、未だによくわからない。南米にいた時の最後の一連の出来事も、なんだったのかよくわからない。もちろん「こういうことなんだろうな」という憶測はあるが、それを公言したら「妄想だ」と片付けられるだろう。だから言わない。
俺はPCゲームが好きだが、ゲームの規模が大きければ大きくなるほど、開発スタッフの数も増える。今のゲームは制作費も半端なくかかっており、それにつれてスタッフの数もケタ外れに多い。それを踏まえると、物事の規模が大きければ大きくなるほど、関わる人は増えていく、当然だが。南米の時と去年の暮、どんな出来事が起こっていたのか、それは俺の想像の域を出ないが、想像通りなら、多くの人が関わっていたんだろう。そして今もそうなのかもしれない、わからないけど。
全知全能の人間なんていない。特に知識に関しては、全知の人間なんてのはいない。知識というのは、みんながそれぞれ断片的に持っているものだ。だから皆が集まって、その知識をお互い補完しながら、物事を進める。そう考えると、俺が持っている知識も何らかの役には立ったのだろう、間違いなく。知識を隠し独占することが支配の基本であるから、もしそれを打ち破ろうとするならば、断片を持っている者たちが協力して、その知識をできるだけ「完全」に「近づける」ことが必要となる。その「知識の独占」を計り知識を隠す行為が、結局グノーシスの根幹ということだ、ろう。
俺は14歳の時に現在住んでいる土地に引っ越してきて、地元の中学校に編入した。その14年後の28歳の時、大学を卒業して実家に帰ってきた。そしてその14年後は、厄年である。10年前にバイト先で、人生で出会った中で最も美しい女性と会ったが、彼女は今年29歳か・・・。あんなに奇麗な女性が職場にいてもろくに会話すらできない俺のヘタレ具合には、我ながら呆れるばかりだ。また会えたらと夢に見るばかりである。まあ常識で考えてとっくに結婚してるだろうけど・・・。・゚・(ノД`)・゚・。

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