10月 022015
 

うちは親父が結構信心深くて、居間に神棚を作って毎日お祈りをしている。また仏壇に線香も上げている。俺もたまに祈ることがある。いろんな大変なことがあったり冤罪に巻き込まれそうになっても、結局何事も無く無事に過ごせているのは、こうした信心深さがあればこそでは、と最近思うようになった。俺はたまにしかお祈りはしないが、親父が毎日欠かさず祈っているのを見ると、あーやっぱりうちの家族が皆健康で元気なのは神様のお陰なのかなあ、と思うようになってきた。

神を信じること。

これはどういうことか。神を信じることとは、何か困難があっても「神様はいるはずだ、だから信じて頑張ろう」と思ったり、「大丈夫なのかなあ。でも神様っているはずだよなあ。だったら助けてほしいなあ」と思ったり、そう、その存在を「信じる」ことなのだ。いることを前提として祈るのではなく、いることを信じて祈る、それが神を信じること、だ。実在が証明できないのにいることを前提として祈るのでは本末転倒である。あくまでも、いることを信じる、きっと必ず神は存在すると信じて、「大丈夫かなあ、けど神はいるはずだ。だから頑張ろう」そう心を奮い立たせることが、神を信じることだ。

俺は、神を信じる。自然現象の中にその存在を感じたこともある。大丈夫、必ず神はいる。

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