10月 292017
 

今年は本をたくさん読んでいる。
ネットで書評やレビューを見て面白そうな本を探して、アマゾンで注文している。毎月平均4~5冊くらい読んでいるので、今年に入ってから50冊は読んだだろうか。もちろん世の中には読書家の人がいて、これよりももっと読んでいる人もいるのだろうが、元来あまり本を読まなかった(時期の長かった)俺にすれば、かなり読んでいる方である。例年に比べて数倍は読んでいると思う。
読むジャンルで一番多いのはSFである。何故かSFが一番面白いと思う。逆につまらないと思うのは、純文学作品。芥川賞受賞作もいくつか読んでみたが、何故純文学作品というのはああつまらないのか。というか「なんでこんなのが日本一の賞を穫れるの?」と首を捻りたくなるようなのが多い。
以前「作家になりたい」と書いたが、その気持ちは今も失われていない。けれど純文学作品というものがああもつまらなく、読めば読むほど首を捻りたくなるのであれば、俺の志向するものは別のところにあると思う。
・・・しかし思い出すのは、数か月前に書いていた自前のWEB小説だ。自分でもわかるレベルで絶望的につまらなかったあの作品は、俺にエンターテイナーとしての才能が希薄であることをまざまざと思い知らせてくれた。純文学がつまらないとかいうレベルでなく、溜息が出るレベルで本っ当~につまらなかったのだ。まあ行き当たりばったりで書いていたというのもあるが・・・それにしてもあれは酷かった。消してしまって正解だ。
じゃあ俺に書けるものってなんだろう?う~ん、エロ小説なら書けるんだけど・・・。俺は何を隠そう、自分でエロ小説を書いてそれを読みながらオナニーする、という荒業をやってのけている猛者である。童○でもそれくらいのことは出来るのだ。
あ、なんかちんこが硬くなってきた。またエロ小説の続き書いてオナニーしようかな。

10月 182017
 

「不可触民-もうひとつのインド」という本を読んだ。大学でインド哲学科に所属し、まがりなりにもインドについて学んだ俺だが、いろいろと知らないことが書いてあって、非常に勉強になった。
そう、インドの全人口の四分の一は、今だ貧困といわれなき差別に苦しんでいるのだ。けれど日本ではそれについて知ることはないし、知る機会もない。インド哲学科にいたとしても、それについて知ることはない。高校でインドのカースト制を学ぶことはあっても、その実態について正確な実情を知らせることはしない。
要するに、日本が仏教の国であるのが悪いのである。日本の寺の坊主どもは、インドについて正確なことを日本国民に知ろうとはさせない。寺の坊主は仏教にとって都合のいいことしか流布しないし、インドについて誤った情報を日本人に広めようとしている。寺の坊主どもは自由とか平等なんてことはこれっぽっちも考えていないし、むしろ差別を助長する立場である。仏教なんてろくなもんじゃないのだ。
かくいう俺は、パラグアイという南米の後進国に二年間住んでいたが、本当の貧民と接する機会はあまりなかった。むしろ恵まれた裕福な連中とばかり付き合っていた。俺自身も、親の金をむしり取って、好き勝手に金を使って暮らしていた。今考えると恥ずかしい限りである。せっかく貧乏国に行ったのだから、本当の貧民と接して彼らの声を聞いておくべきだったと思う。日本から来た他の連中に比べればそういう機会は比較的多い方だったかもしれないが、それでも俺は「日本から来た裕福な奴」だった。所詮先進国・日本で生まれ育った俺は、貧民の気持ちなんてわからないのである。
ただ俺は、社会から疎外されている人の気持ちは、誰よりもわかる。それは俺自身が、社会から疎外されているからだ。事実上日本のアウトカーストたる俺は、理由なく疎外されている人の気持ちは、誰よりもわかる。たとえ経済的には何の問題もなくても、先進国で社会から疎外され、皆の中に入れてもらえない、そういう気持ちは、誰よりもわかっている。高い能力と才能を持ちながら、それを発揮する場を与えてもらえない、これは辛いものだ。
果たして後進国に生まれて本当の貧民として生きるのが良かったのか、先進国でアウトカーストとして生きる現状が良かったのか、どっちなんだろう。幸い俺は自分の才能を生かして勉強だけはし、いろいろと成果を上げることは出来たが、それでも現状を幸せだとは考えていない。俺に出来ること、それはいろいろあるはずだ。
もうすぐ俺の時代が来る、そんな気がする。そしたら、何か出来ることはあるのだろうか。俺を必要とする場面、それは来るのだろうか。

10月 172017
 

最近ジャズに凝っている。もう数年前からCDは買わず、音楽はト○ントで落としているのだが、今年に入ってからジャズの音源を盛んに落とし、いろいろ聴いている。
お気に入りはマイルスとコルトレーンである。あとビル・エヴァンスとかソニー・ロリンズなんかもいい。俺は中学時代からロック少年だったが、齢40にしてようやくジャズにハマり始めた。
思えば、大学1年生の夏休みにガソリンスタンドでバイトをして、貰った給料でマイルスの4枚組ベストを買って愛聴していたのだ。ジャズに関してはそれ以上深くハマることはなかったが、最近になっていいと思うようになった。以前も何となく聴いて何となく「いいなぁ」と思うことはあったのだが、本格的に聴き始めたのはここ最近である。
というのも、昨今のロックを聴いてもあまり良いと思えなくなったからでもある。フー・ファイターズの新譜なんかも聴いたけど、80年代メタルに比べてクオリティが低いと思わざるをえないし、普通のポップソングに至ってはもはやチャートが壊滅状態なので、古いロックを最初はずっと聴いていたのだが、正直聴き飽きた。俺は昔からベスト盤を買っていろんなアーテイストの曲を幅広く聴く方なので、有名な曲はほとんど知り尽くしているのだ。その為新しい発見というものがあまり無く、古い曲は聴き飽きているので、新しくジャズの分野を開拓している、というわけである。
けどジャズ好きの奴って嫌な奴が多いよな。俺の偏見かもしれんけど。なんつーか排他的というか、お山の大将というか、選民意識を持ってる奴が多いような気がする。俺は無類の音楽好きだけどそういう発想とは無縁なので、今後も幅広く聴いていきたい。

10月 082017
 

地デジテレビに移行して随分経ったが、皆知らないだろうけど、これには気をつけたほうがいいよ。小説「1984年」のテレスクリーンと同じで、双方向にデータが流れてるから。どういうことかというと、地デジテレビにはカメラとマイクが内蔵されていて、常時部屋の中を盗撮盗聴している。そもそもB-CASカード制度というのは、全ての地デジテレビに個別の番号をふって、特定のテレビを指定できるようにするためのもの。つまり今現在は、どの地デジテレビでも任意に指定して、特定の人間の部屋の中を自由に監視することが出来る。
確かにテレビというのは部屋のどの場所からでも見えるように置くものだから、逆に言えば、部屋のどの場所でも撮影できることになる。デジカメの原理を考えればわかることだけど、別に地デジテレビの電源を入れなくても、電源ケーブルを挿して通電さえさせておけば、常時カメラとマイクの機能はONになって、部屋の中を監視している状態になる。
このことは皆知らないだろうし、ネットに書き込んでもなかなか誰も信じないけど、もし皆の知るところになったらどうするんだろうね。さすがに暴動が起こっても仕方がない気がする。まー日本人は飼いならされたブタなので、皆おとなしくしてるんだろうが、さすがに地デジテレビを廃棄する運動くらいは起こりそうな気がするな。
まーたユダヤ人が地球を自分たちの実験場か何かだと勘違いして、どうしようもない実験を行ってるんだろうね。日本は島国で、他の国の情報も入ってこないから、こういう好き勝手な実験ができる。日本で実験して様子を見たら、他の国でも同じことを始めるのかもしれない。
日本では憲法を改定しようと躍起になってるけど、果たしてどんな内容になるのかね。自衛隊国軍化くらいなら俺だって賛成だが、「1984年」の世界がまさに現実のものとなるようなファッショ的な内容になるとしたら、日本は終わりだろうね。まあ日本人は飼いならされたブタなので、何の声も上げないんだろうけど。