7月 202019
 

俺は頑なにWindows7を使い続けてきたのだが、この度ついにWindows10に移行してみた。
ネットで評判を調べると、とにかく「Windows10は使いづらい」という声が多かったので、どうしても7から移りたくなかったのだが、来年の1月、つまりあと半年後には7のサポートが切れるということで、もういいかなと思い10にしてみた。
マイクロソフトのサイトからツールを落とし、USBメモリにインストーラーを入れ、USBブートしてインストールする。最初のインストールでは途中でグルグル回るやつが止まらなくなり、おいおい失敗かよと思ったが、もう一度やり直したら無事インストールできた。
これまで使っていたフリーソフトを使えるようにし、設定もちょこちょこ弄ってカスタマイズしてみたが、最初の感想としては「別に普通じゃん」という感じだった。特に使えないものもないし、確かにスタートメニューはちょっと使いづらいけど、他の部分は7と大差ない。別に重くもないし、むしろ起動は7よりも速いくらいだ。7のテーマだったAeroから、新しくMetroというテーマになったが、半透明処理がなくなったくらいで他は特に変わらないようだ。
あとはゲームを少し入れるだけだ。10で動かないような古いゲームを入れるつもりもないし、エ◯ュは普通に動くし、結構いいんじゃないの、Windows10。MSNのホットメールのアドレスを持ってないと使えないようなところはちょっとあれだけど、俺はメインのアドレスがホットメールなので問題なかった。
ちなみに値段は税込みで19000円くらい。安くはないが高くもない。前のWindows7は丸9年使ったけど、果たして10は何年使うかな。

7月 172019
 

俺はネットで小遣い稼ぎをしていると以前書いたが、そのサイトがとてつもなくバカなサイトだというのも書いた。そして今調べてみたら、俺が文章を書いているようなサイトは、「いかがでしたかブログ」と呼ばれているのだそうだ。
要するに、記事の末尾に「~いかがでしたか?」という一文を付けて文章を締めくくっているような体裁のサイト、だかららしい。
確かに俺も、記事の末尾に「いかかでしたか?」と締めくくったことはある。しかし誰に習ったためでもない。いつの間にか、そういう文章の書き方が身にしみてしまっているのだ。
この文章この文章を読めばわかるが、やはり俺のような「いかがでしたかブロガー」は、皆やっていることは同じのようだ。Wikipediaの内容を文体を変えて書く、既存のいかがでしたかブログの文章を表現を変えて真似する、コピペチェックツールに引っかからない程度に表現を変えて書く、など・・・。なぁんだ、みんな同じこと考えてるんじゃん、と思って少し安心した。また「SNSをベタベタ貼り付けて~」というのも、俺だけが思っていることではなく、やはり誰でも思うことのようだ。
こういうバカサイトが蔓延するとネット社会が退化してしまうのでは・・・と杞憂を抱いているのも俺だけではないようで、要するに俺が思ってることって皆が思ってることだったんだね。そりゃそうだよなあ、こんな糞の役にも立たないバカサイトが検索上位に来るんじゃあ、ネットのユーザビリティが下がるもの。
しかしまさかこういうサイトに「いかがでしたかブログ」なんて蔑称まで付けられているとは・・・そして俺自身がそれに加担して金をもらっている立場だとは・・・。上記の2サイトには、俺が言いたいことが集約されてみな書いてあるので、よく読んでみてほしい。
今のところ一記事700円だけど、それってどうなんだろ。一文字換算で0.5円にもならないんだが・・・。せめて一記事1000円とか、できれば一文字一円とかになってくれたらいいのになあと思いながら、今日もセコセコ駄文を書いてる。早いもので昨年12月に始めてからもう7ヶ月も経った。何も得るものはないし、何かスキルが伸びたということもない。ただのバイト以下の駄文書きだ。これでいいのだろうか、いかがでしたかブロガー!

・・・いかがでしたか?今回もお読みいただきありがとうございました。早く人生が終わってほしいですね!

7月 082019
 

過去のことを振り返ってああしておけばよかった、こうしておけばよかったと、グジグジ思い悩むのは実にバカバカしい。もっと前を見て、先のことを考えて生きねばならない。それは重々承知している。
しかしこんな人生を送っていると、過去を振り返らずにはいられない。
俺だって大学入学までは上手く行っていたと思う。いろいろ不幸な目には遭っていたけれど、それでも「一浪して旧帝大合格」という時点までは、前途洋々だったはずだ。
それが何故こうなってしまったのか。その理由は「社会が悪い」に帰結するのだが、これについては書かない。どうせ書いたところでおまえが悪いとかおまえの妄想だとか言われるのがオチだし。けれど俺ほど、社会のせいで人生が狂った人間はそうはいまい。
しかし、だ。俺には何か予感のようなものがあった。こういうダメ人生になってしまうという、なんとなく漠然とした予感が・・・。それは大学生活を4年プラス○年送った時期に、日を追うごとに強くなっていった。
現在は引きこもりネット漬けアニメ漬けの生活を送っているが、当時からその萌芽はあった。俺は「世捨て人」に憧れていたのかもしれない。手塚治虫のマンガ「火の鳥」に出てくる「猿田博士」、ああいうのになりたいというか、おそらくなってしまうんじゃないかと、なんとなく思っていた。
そしてそれは現実になる。
大学でいわゆる専門書や研究書をちょっと読んでみても、俺の知的好奇心を満たすことはなかったし、大学の教官や学生と話しても、大した奴はいないと思った。このブログからも見れるが、俺の歴史に関する考察、ああいった斜め上からの議論ができる奴は、大学中で一人しかいなかった。そいつは要するにうちの研究室の教授だったのだが、俺はそいつにも意地悪されて、卒論指導を受けさせてもらえなかった。
そいつに知識がある理由は、別に特段優秀だったわけではなく、結局「生まれが特別」だったからだ。そう、生まれながらにして知識を得られる身分なのである。結局、学問の世界にも自由はなく、「知識の独占」が行われている、それを知ったのは、俺が卒業した後だ。
そういう種々のことがあり、俺はいつしか夢を失った。学問の世界で認められたいと思っていたが、そこにも自由はないと知って、俺は一気にやる気を失った。それからは転げ落ちるようにゲームとアニメとネットの世界に埋没していった・・・と言うほど単純ではないけどね。南米に行ってた時に歴史の考察をまとめて、後々それが役に立ったし。けれど「夢を見れなくなった」というのは事実だ。
結局、俺は猿田博士になってしまった。
そして現在、俺はテキトーに日々を過ごしている。楽しいこともあれば、嫌なこともある。ネット、ゲーム、アニメ、音楽、読書、オナニーなど、楽しいことはいろいろあるが、嫌なこともいろいろある。このまま生きていたらいつか孤独死だとは思うが、だからと言って積極的に自己改善する意志もない。早く人生よ終われ、突然死したい、そんな風に考えている。
そして思うのは、大学時代も同じような感じだったなあということ。俺は「生に対する執着心」が薄く、いつでも「いつ死んでもいい」と思っている。失うものも何もないし。普通の人はどうなのかな、やっぱ死にたくない死にたくないと思いながら生きているのだろうか?そんなに生に執着する理由って何?生きてるって、そんなに楽しいか?
こんな俺だが、神を信じているので、天国も地獄もあると思っている。死んでどっちへ行くのかわからないが、さすがに地獄はないんじゃないかな?これまで地獄に落ちそうな奴をいっぱい見てきたが、ああいうのとは違うだろ、俺は。というか、ここが地獄なのか?前世でろくでもない生き方をしたから、今苦しんでるの?そう考えると納得できることもいっぱいあるが・・・。こればっかりは現世で死んでみないとわからない。