7月 082019
 

過去のことを振り返ってああしておけばよかった、こうしておけばよかったと、グジグジ思い悩むのは実にバカバカしい。もっと前を見て、先のことを考えて生きねばならない。それは重々承知している。
しかしこんな人生を送っていると、過去を振り返らずにはいられない。
俺だって大学入学までは上手く行っていたと思う。いろいろ不幸な目には遭っていたけれど、それでも「一浪して旧帝大合格」という時点までは、前途洋々だったはずだ。
それが何故こうなってしまったのか。その理由は「社会が悪い」に帰結するのだが、これについては書かない。どうせ書いたところでおまえが悪いとかおまえの妄想だとか言われるのがオチだし。けれど俺ほど、社会のせいで人生が狂った人間はそうはいまい。
しかし、だ。俺には何か予感のようなものがあった。こういうダメ人生になってしまうという、なんとなく漠然とした予感が・・・。それは大学生活を4年プラス○年送った時期に、日を追うごとに強くなっていった。
現在は引きこもりネット漬けアニメ漬けの生活を送っているが、当時からその萌芽はあった。俺は「世捨て人」に憧れていたのかもしれない。手塚治虫のマンガ「火の鳥」に出てくる「猿田博士」、ああいうのになりたいというか、おそらくなってしまうんじゃないかと、なんとなく思っていた。
そしてそれは現実になる。
大学でいわゆる専門書や研究書をちょっと読んでみても、俺の知的好奇心を満たすことはなかったし、大学の教官や学生と話しても、大した奴はいないと思った。このブログからも見れるが、俺の歴史に関する考察、ああいった斜め上からの議論ができる奴は、大学中で一人しかいなかった。そいつは要するにうちの研究室の教授だったのだが、俺はそいつにも意地悪されて、卒論指導を受けさせてもらえなかった。
そいつに知識がある理由は、別に特段優秀だったわけではなく、結局「生まれが特別」だったからだ。そう、生まれながらにして知識を得られる身分なのである。結局、学問の世界にも自由はなく、「知識の独占」が行われている、それを知ったのは、俺が卒業した後だ。
そういう種々のことがあり、俺はいつしか夢を失った。学問の世界で認められたいと思っていたが、そこにも自由はないと知って、俺は一気にやる気を失った。それからは転げ落ちるようにゲームとアニメとネットの世界に埋没していった・・・と言うほど単純ではないけどね。南米に行ってた時に歴史の考察をまとめて、後々それが役に立ったし。けれど「夢を見れなくなった」というのは事実だ。
結局、俺は猿田博士になってしまった。
そして現在、俺はテキトーに日々を過ごしている。楽しいこともあれば、嫌なこともある。ネット、ゲーム、アニメ、音楽、読書、オナニーなど、楽しいことはいろいろあるが、嫌なこともいろいろある。このまま生きていたらいつか孤独死だとは思うが、だからと言って積極的に自己改善する意志もない。早く人生よ終われ、突然死したい、そんな風に考えている。
そして思うのは、大学時代も同じような感じだったなあということ。俺は「生に対する執着心」が薄く、いつでも「いつ死んでもいい」と思っている。失うものも何もないし。普通の人はどうなのかな、やっぱ死にたくない死にたくないと思いながら生きているのだろうか?そんなに生に執着する理由って何?生きてるって、そんなに楽しいか?
こんな俺だが、神を信じているので、天国も地獄もあると思っている。死んでどっちへ行くのかわからないが、さすがに地獄はないんじゃないかな?これまで地獄に落ちそうな奴をいっぱい見てきたが、ああいうのとは違うだろ、俺は。というか、ここが地獄なのか?前世でろくでもない生き方をしたから、今苦しんでるの?そう考えると納得できることもいっぱいあるが・・・。こればっかりは現世で死んでみないとわからない。

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