8月 312019
 

もう教会に行かなくなって1年半以上経つなあ・・・。みんなどうしてるのかな。
このブログの過去記事で何回か書いたが、俺は盲目的にキリスト教を信じているわけではないので、礼拝に出るのがつらい。信徒のみんなは一生懸命お祈りを捧げて熱心に礼拝式文を読み、真面目に礼拝に参加しているが、俺はどうしてもそういう気分になれない・・・。
というか、俺が他人に「何の神様を信じているのですか」と問われたら、「イエス・キリストです」とは答えない。俺の答えは「インドのクリシュナ神です」だ。
俺のように古代の情景にとりつかれた者にとって、クリシュナは非常に魅力的な神に映る。古代に自由のために戦った神、神の愛を説いた神、美男子で女の憧れでモテモテだった神、戦いにめっぽう強かった神・・・。要するに「ヒーロー」だ。
海外には「ハレハレ・クリシュナ」などという新興宗教もあるようだが、まあ要するにクリシュナというのはそれだけ魅力的な神格なのである。なにせ「クライスト」の語源と言われているからな。南米で会った不信心者のアメリカ人宣教師も、日本の教会で会った別の教会の牧師もクリシュナのことは知っていて、「一般常識的に知られている」と言っていた。
その割にキリスト教ってのはろくでもないけどな。俺はインドに行ったことはないが、現地のクリシュナ教徒というのはどういう生活を送っているのだろう。アンベードカルもクリシュナ教に改宗すればよかったのに。まあ所詮はヒンドゥーの括りの中にある一派だから、今のインド人はクリシュナの本質とかは、わかってないのかもね。
俺がもし人前で「クリシュナを信じています」と言ったら、「じゃあハレハレ・クリシュナの信者ですか?」とか勘違いされそうだが、そういうのではない。あくまでも大学でインドのことを学び、その結果としてのクリシュナ信者である。
仏教になぜクリシュナが取り入れられていないのか、その辺のこともバカなインド研究者にはろくすっぽわからないだろう。クリシュナと同じ側にある神はカーリーなどだろうが、その辺もわからないだろうね。日本の研究者のレベルは意外なほど低い。
よし、決めた。今から俺はクリシュナ信者になる。アンベードカルは死ぬ直前に仏教徒になったが、俺は40ウン歳にして、クリシュナ信者になる。インドの色の黒い神、救済の神。俺は全身全霊をクリシュナ信仰に捧げよう。さらばキリスト教、洗礼まで受けて聖書も持っているけど、俺は今日から異教徒だ。というかキリスト教は本来クリシュナ教であるべきなのだから、俺のほうが正しい。みんな俺に続け!

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