4月 032020
 

今日は俺の誕生日。
また一つ歳を取ってしまった。

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・・・・・・。
・・・・・・・・・。

ああ・・・年月は無情だ・・・。いくら頼んでも待ってはくれないし、かと言って取り戻すこともできない・・・。ただ無情に機械的に流れ行く、それが年月。気がつけば俺も、あと少しでアラフィフに手が届きそうな年齢である。
これまでの人生を思うと、そして現在の境遇を思うと、涙がちょちょ切れてくる。一体どこでこうなったのか。一体どこでこうなったの、私の人生~♪とか歌にありそうだが何の歌だったか忘れた。名前も知らない切ない哀歌に刻まれていそうなこの言葉、今の俺には沁みてくる。
今の俺は惨めな子供部屋おじさん、そしてニート。何も失うものはないが、何も得ていない。ただ生きているだけの、ウンコ製造機。子供の頃に絶対なりたくなかったどうしようもないおじさんに、俺はなってしまった。かつての友人知人たちには会うことすらできないし、会いたくもない。両親にも申し訳なくて顔向けできない。
けど・・・これから俺の人生は良くなるのかな?今のコロナウイルス騒ぎを見て、「コロナウイルス楽しすぎるw 無職には最高の娯楽だわw」と心の底で思っているのが俺だ。こういう終末感が濃厚に漂うイベントって、長いこと起こらなかったし。9.11同時多発テロ以来じゃないか?これだけ世界中が喧々諤々になったのって。不謹慎ながら、もっともっと大変なことになってほしいと心の底で思っている。
このコロナウイルス騒ぎについて、神様が俺を哀れんで、俺をさんざんコケにしてきた世の中に天罰を下している、と俺は思っている。だからこれから世界の指導者とか重要人物とかが死んでいくのでは・・・と不謹慎ながら思っている。それくらいでないと俺のルサンチマンは解消できないし。俺を虐めたあいつらや、俺を冷遇したあいつらや、俺を苦しめたあいつら、みんなみんな死ね。神の天罰じゃ!!ワハハハ・・・と思い、溜飲を下げている。
けれどこういう文章を書いている時に決まって、テレビのAT-Xから啓示的な言葉が流れるんだよなあ・・・。今は「自分の人生は自分で切り開かないと!」と流れてきた。そりゃ切り開けるものなら切り開きたいが、俺の場合は・・・。だからコロナウイルスに期待してしまっても仕方ないと思う。人は小さく弱いのだ。何でもかんでも自分自身の力でどうにかできるほど、世の中は簡単ではない。
古代から様々な宗教が生まれてきたが、宗教を生み出す、というか神様を信じるようになる人の気持ちは痛いほどわかる。だって俺がそれそのものだし。もう何もできない信じられない状況になると、神様を信じるようになるのだ、人は。それくらい人というのは小さく弱いのである。だから俺が子供部屋おじさんなのも仕方がないのだ。
ちなみに「人」と「人間」の違いがわかるかな?この二つを使い分けているのが、取りも直さず「人間」だ。そして俺は「人」でありたい。人として、もうちょっとだけ幸せになりたい。幸せを求めて足掻くところに、人の尊さはあるのだから。

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