4月 152021
 

俺は10年ちょい前に南米に住んでいて、そこでいろんな出来事があった。
その中でも忘れられないのが、ちょっとした「スパイ合戦」のようなものに巻き込まれたことだ。断っておくが、俺自身はただの人で、如何なる組織にも所属していないし、如何なる団体の関係者でもない。ただ「要らん事に首を突っ込んだ」ような事情があって、それが理由でそういう事態に巻き込まれたのではないか、とここでは言っておこう。

俺がアルゼンチンのクロリンダという町へ行った時のこと。時間はもう夜の0時過ぎで、あたりは真っ暗だ。日本と違い、深夜になると店は皆閉めてしまい、本当に「真っ暗」になる。そんな中で開いているのはコンビニ(のような雑貨店)だけで、そこだけが明かりが点いていて、何人かの現地人が店の前の椅子に座ってビールを飲んでいた。
そもそもなぜそんな時間にそこへ行ったのかだが、当時はいろいろ込み入った事情があった。パラグアイのアスンシオンに住んではいたものの、帰るにはバスターミナルへ行かなくてはならず、行くにはタクシーに乗らなければならない。それで俺は、とりあえず一服しようと思い、そのコンビニへ行った。
店の中に入り瓶のビールを一本買い、店の外にある椅子に座って、ビールをラッパ飲みしていた。するとツカツカと一人の若い現地人が近づいてきて、なぜか俺に握手を求めてくる。そいつは夜でもわかるほど顔が真っ赤で、目がギラギラしている(今考えると、そいつの様子から、多分覚醒剤かクスリをやっていたんだろう)。俺の顔というか目を直視しながら、握手を求めてきた。俺は大して疑問にも思わず、そいつに右手を差し出して握手をした。するとそいつは、俺が座っているテーブルの向かいに座った。が、なぜか俺から目を逸らさず、じーっと目を見続けている。
俺がビールの瓶を取り一口ラッパ飲みし、瓶をテーブルに置く。するとそいつも瓶を取り、一口飲み、瓶をテーブルに置く。また俺が瓶を取って一口飲み、瓶を置くと、そいつがまた瓶を持って一口飲み、瓶を置く。俺が「おまえは誰だ?」と言っても返事をしない。もう一度俺が「おまえの名前は?」と訊いても、やはり返事をしない。その後もビールの瓶を取って、一口飲み、そいつも同じように瓶を取って一口飲む、という行為はしばらく続いた。しかしその間、そいつは俺から一度も目を逸らさなかった。血走った目で俺の目をじーっと直視し続けていた。
俺が「流石にこいつはヤバいな」と思ったのは2~3分後だろうか。立ち上がり荷物を持って、店の中に入っていこうとしたその時、なぜか一人の警官(あっちではポリシアという)が急ぎ足で歩いてきた。そして店の入口に立っていた現地人と何か話すと、入口の上にある電灯を不思議そうに眺めている。「確かにここで何かあったと聞いてきたんだけど・・・?」みたいに、不思議そうに電灯を眺めて、その間ずっと店の入口に立っていた。
俺はその警官の横を通って店の中に入り、レジの店員に「タクシーを呼んで」と言うと、店員は振り向きもせずに右手を上げ、親指を外に向けて「そこにいるよ」と指差す。俺が「え?」と外を見ると、ちょうど店の前にタクシーがキーっと停まり、運転手が窓から手を出して、俺に「乗れ!」と大きく身振りしている。
俺はまた警官の横を通って外に出て、テクテク歩いてタクシーに乗り、そのままバスターミナルへと向かった・・・。

とまあ、こういう事があったのだ。
この出来事は、別に何が起こったというわけではない。何事もない日常の中で、普通の時間が流れている、それだけだ。けれどあの目が血走った男とか、偶然現れた警官とか、まあこういうのが「スパイ合戦」というか、そういうものだったんだな、と今でも思う。真夜中の南米の田舎町で間抜けなハポネスが一人刺し殺されても大したニュースにはならないだろうし、警官が深夜に街を巡回していても何も不思議ではない。「So it goes.」そういうものだ。
もちろんこの前後にも不自然な出来事がいろいろあって、それがあるからこの件を「スパイ合戦」と思うのだが、大したものだと思うのは、普通の日常がただ流れている中で、人や物を動かしてどうこうするという、そういう技術というかやり方が、さすがは諜報機関だな、としみじみ思う。とても日本の警察あがりの人間なんかにはできそうもない手法だ。

「事実は小説よりも奇なり」というが、これって原義は、「NOVEL」という単語に「奇妙な」という意味もあるからできた句だと思うんだけど・・・このこと忘れられてるよな。まあ事実がどうだったのかは神のみぞ知る。ただ一つだけ言えることは、俺が度々言っているように、世の中は謎に満ちていて、不可解な事実なんていくらでもある。世の中はおまえが思うほど単純ではない、ということだ。

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