4月 182021
 

よく「ユダヤ人は自分たち以外をゴイム、すなわち豚と呼び、彼らの支配を謀っている」という。俺は直接のユダヤ人の知り合いはいないわけではないが、果たしてこれは本当だろうか。
日本においてユダヤ人の生態を知るのに最適なサンプルが、同和と在日だ。俺が古代史の文章に書いたことを読めば、要するに「秦氏=同和・在日」なのはわかるかもしれない。秦氏=ユダヤ人だから、要するに同和と在日というのはユダヤ人である。
それは、両者の言っていることがそのまま同じであることからもわかるだろう。やれ「自分たちは差別されている」だの「自分たちは苦難の歴史を歩んできた」だのと抜かし、日本でも世界でもどこでも固まって住んでゲットーを形成し、その反面金融の力を使って世の中を支配している。日本でも海外でも、こいつらの支配分野はほぼ一緒だ。金融・芸能・学問など。だから日本の同和と在日を観察することは、取りも直さずユダヤ人の生態を観察することに等しいので、非常に興味深い。
「ユダヤ人が自分たち以外を豚とみなしている」というのは、つまり「選民思想」だ。もっと言えば「自分たちだけが人間である」という考え方である。自分たちだけが人間であって、それ以外は人間ではない。だから自分たちは何をしても許されるのだ--というのが、ユダヤ人の考え方だと言われる。
俺はこれも、多分本当のことだと思う。なぜなら日本の同和と在日が、凄まじいまでの選民思想を持っているからだ。マジでこいつらは、自分たち以外を人間だと思っていない。自分たちと、自分たちが認めたそれ以外の人種、それだけが世の中を構成すればよいと思っている。俺は学生時代からこいつらを注意深くそして興味深く観察してきたが、本当~にものすごい選民思想で、こいつらの根拠のない自信はどこから来るのか、それは「体制」「権力」と結びついているところから来ると今はわかっているが、まあ本当に超ド級に凄まじいばかりの選民思想で、こりゃ歴史を通じて嫌われてきても当然だな、とつくづく思った。
「嫌悪」と「差別」、つまり「嫌っている」のか「差別している」のか、という問題だが、同和と在日の連中はこれについて詭弁を弄す。すなわち、「自分たちは差別されている。だから自分たちは他の奴らを嫌う」という詭弁だ。同和と在日の連中のやっていることは紛れもない「差別」なのに、彼らは「俺達はおまえのことが嫌いなんだ」という物言いをして、自分たちが他者を差別していることを正当化しようとする。
これはユダヤ人も同じで、彼らは「歴史上ずっと差別迫害されてきた」というテーゼを正当化・事実化してしまっているので、自分たちを嫌う者がいても「それは差別だ」と言いがかりをつけることが大っぴらに認められていて、それはナチス・ドイツの失敗によりもはや覆ることはない。それをいい事にして、自分たちへの批判を全て「それは差別だ」と言い換える正当な権利を得てしまっている。
果たして、徒党を組んで体制や権力を味方につけ、世の中を恣意的に動かしている連中は、「差別」されているのか「嫌悪」されているのか。いくらユダヤ人や同和や在日の連中が詭弁を弄しても、実際に嫌悪され嫌われているのは自分たちの方である。けれど彼らに「君たちは差別なんてされてない。ただ嫌われているだけだ」と言ったところで、彼らは既に狂っているので理解できないだろう。
彼らが狂っていると考えれば説明のつくことはいろいろある。俺の感想では、彼らの意識というのは後天的なものではなく先天的なもので、教育によって身に付いたものではなく、もはや遺伝子レベルで体に染み込んでいるとしか思えない。俺が観察してきた同和と在日は、それくらい狂った差別者だった。もはや言ってどうにかなるというレベルではなかった。
そして俺はキリスト教徒の端くれだが、(現在の)キリスト教というのは事実上、ユダヤ人の奴隷である。キリスト教の聖職者と言われる人間を何人か知っているが、一人残らず「ユダヤ人は聖なる民族」だという考えをしていた。一体歴史をどう学べばユダヤ人が聖なる民族になるのか俺にはわからないのだが、神学校の洗脳教育はそういうものなのだろう。前々にも書いた通り、これが「俺がキリスト教会に行きたくない理由」である。あんな自分たち以外を差別ばかりしているクズ共を神聖視する宗教、そんなものを盲目的に信じる奴はバカだ。俺は自分が信ずる宗教であっても、批判的に自分で勉強しない奴はただのバカだと思っている。
日本にいても、ユダヤ人がどういう生態なのかは何となくわかる、という例を挙げたが、日本のユダヤ人つまり秦氏はダン族なので、その中でも最悪の奴らだ。その辺は俺の古代史の文章をよく読まれたし。

 Leave a Reply

(必須)

(必須)