6月 152021
 

俺は学生の頃からずっと、学問で認められたいと思っていた。けれど俺はずっと勘違いをしていたが、学校というところは、「既存の知識」「通説」を詰め込むところなんだな。
既存の知識を疑ったり、通説を疑ったりしてはいけないんだな。
舛添要一さんの言っていることを見るとよくわかるが、大学の先生になるような人は、「既存の知識に従う」「通説に従う」ことが求められるんだな。
俺は学問に必要なのは、「既存の知識を疑う」「通説を疑う」姿勢だと思っていたが、それは違うんだと、ようやく気づいた。コペルニクスもガリレオも望まれてはいないのだ、と。
だから俺のことを認めるわけにはいかない、という不文律があるんだな。

これに気づくまでに非常に長い時間がかかった。「コペルニクスもガリレオも望まれてはいない」・・・それが世界だと。望まれているのはEvolutionistであってRevolutionistではないのだ、と。40数年生きてきて、今ようやくわかった。
たとえローマ法王が辞任しようとも、それが世界だ。我々が生きていかねばならないBirdcageだ。

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