7月 042021
 

俺が同和と在日が大っ嫌いなのはもう書くまでもないだろうが、なぜあいつらを嫌いかというと、一番の理由は「陰で繋がっているから」だ。
10数年前に「同和利権の真相」という本が別冊宝島から出てベストセラーになったけど、あれに奴らのことが「人権秘密警察」と書かれていたが、そう、要するにあいつらは秘密警察である。「誰がそうなのかわからない」という点で、同和と在日はそのまんま秘密警察である。
普通の国だったら、秘密警察なんて市民から一番嫌われて、もしその関係者だとわかったら皆から相手にされなくなるような、まさに一番嫌われる存在の最たるものだが、どういうわけか日本人は、そういう関係者になることが嬉しくて仕方がないようだ。まあ確かにそういう関係者になるといい暮らしができるし、いい職業にも就ける。だからそういう関係者になることは魅力的なのかもしれない。
けれど普通の国なら、いくらいい暮らしができるといっても、「人としての誇り」がそういう関係者になることを自分に許さないのが普通だと思う。ではなぜ日本人は喜々としてその中に加わるのかといったら、やはり「奴隷根性」だろう。
鹿島昇や佐治芳彦(俺はこの人達を支持するわけでは全くないけど)の本を読んでいたら、「日本人は奴隷に最適な民族です」と書かれていたし、彼らは「日本は完全な監視社会ですからね」とも書いていた。まあ彼らは日本のアンタッチャブルな存在とも交流のある人間だし、いろいろ知っているんだろう。そういう人間が言う通り、日本人ほど奴隷根性が染み付いた民族はいない。何というか「権力に擦り寄ることは気持ちいい」と考えているというか・・・。
普通の国なら権力に逆らうことは基本というか、「権力=悪いもの」という考え方がどこでも基本だと思うが、日本だけは不思議なことに「権力=正しいもの」と考えがちだと思う。それは時代劇で、ひたすら「お上が世直しをする」というテーマの作品ばかり作り続けていたり、テレビドラマでくだらない「警察の提灯担ぎもの」ばかり作り続けていることを見ても明らかだ。なぜ日本人は、「偉い人は正しい」「権力は正しい」と考えるのか。南米でさえそんなことを思っている人間は日系人くらいしかいなかった。
こういう奴隷根性が、自分も権力の手先になりたいという発想を抱かせるのだろうか。それで監視社会は正しいと思い、自分もその一員に加わって、いわんや子供にも同じことをさせる。その結果いい暮らしをしていい職業に就ければそれでいいのだ・・・これが大多数の日本人である。ぶっちゃけ同和と在日だけではあるまい。
一度ネットで、そういう関係者のことを「こいつは◯◯だ」と(本名ではないけど)書いてやったら、そいつはものすごく動揺していた。そう、あいつらは、自分がそういう人間であることをはっきり言われると、ものすご~く動揺するのだ。要するに精神的には脆弱で幼稚なのである。
俺自身は何の繋がりにも入っていないし何の組織にも所属していない、ただの人だ。けれど生活は底辺だ。これが「人としての誇り」を重視した結果かといわれると、正直わからない。けれど他の奴とできるだけ関わりたくないので、必然的にこうなった。俺と付き合える人間は極めて限定されるが、もし付き合えるなら、それは人として誇っていい。
「武士は食わねど高楊枝」とは、こういうことだ。

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