9月 242021
 

世の中には2種類の人間がいて、俺は「数の少ない方」に属する。それは「自分を高めることによって喜びを見出す」人種だ。
俺が幸せを感じるのは、自分が高まった時のみである。例えばPCを自作して楽しんだり、部屋をリフォームして綺麗にしたり、運動を始めて健康になったり、そういう「自分を高める」行為にのみ、幸せを感じる。
そして、他人が幸せなら、素直に「羨ましい」と思い、「自分もそうなりたい」と思う。逆に不幸な他人がいたら、「可哀想」と思い、その人には「幸せになってほしい」と思う。
しかし・・・世の中には、こういう「俺がわかっている常識」がわからない者の方が多い。それは「他人が不幸なことに喜びを見出す」人種で、自分の要素の高低を問題にするのではなく、「他人がどうであるか」もっと言えば「他人と比べて自分がどうであるか」を重視する人種である。
こういう人種は、「他人の不幸は蜜の味」という基本理念を持っていて、他人の不幸が嬉しくて仕方がない。自分の楽しみを見出してそれを高めることをせずに、他人の粗探しをして些細な欠点を見つけて喜ぶとか、他人が不幸な目に遭うことを望んだりとか、とにかく「他人がどうであるか」しか考えていない。
当然、他人が幸せなら「ムカつく」と思い、そういう人の足を引っ張る。不幸な他人がいたら「ざまあみろ」と思い、一緒になって喜ぶ。
さあ皆さん、あなたは果たして、前者ですか?後者ですか?・・・日本人であれば、多くの場合後者でしょうね。そう、「出る杭は打たれる」「他人の足を引っ張る」という腐った文化が根付いた、島国日本。そんな日本の人間であれば、大抵の場合後者でしょう。
もしあなたが後者なのであれば、あなたは間違いなく「クズ」です。日本でしかやっていけない害虫です。あなたはウジ虫なので、地球にとって必要のない、臭く汚い汚物です。でもこれを読んでいるほとんどの人は、害虫でウジ虫で汚物なんだよなあ。
日本人ってさ、「絶対的価値観」と「相対的価値観」の違い、わからないでしょ?絶対的幸福と相対的幸福と書き換えてもいい。絶対的幸福というのは、「自身を高めることによって喜びを得る」価値観で、要するに「=他人に構っている暇はない」だから、(俺も含めた)天才に多いタイプ。逆に相対的幸福というのは、「他者と比べて優位に立って喜びを得る」価値観で、つまり「=他人との比較が全て」だから、ほとんど全ての凡人と愚民はこれに当たる。そして日本人というのは、狭い島国で横並びに生きてきたから、基本は「相対的幸福感」が支配している。
まあ最近の日本は個人主義になって、必ずしもそうだとは言えなくなったかもしれないけど、今でも「他人に関わることを前提とする職業」に就いている連中は、相対的幸福に基づいて生きていると思うよ。警察官とか精神科医とか広告代理店の社員とか、エトセトラetc… こういう連中は「他人が不幸であることが、自分の喜び」みたいなものなので、自身を高めることは二の次で、「他人をどうするか」しか考えていない。一番関わってはいけない人種である。
俺みたいに絶対的幸福を追求するタイプの人間は数は少ないけど、俺を見ればわかる通り、「どこに行っても楽しく暮らせる」という特技を持っている。そして自身を高めることに注力するので、学問に関しても他の追随を許さない。こういう人生を、昔の人は「武士は食わねど高楊枝」とも言ったし、「霞を食って生きる仙人」とも言った。
そういうわけだから、もしあなたが幸せになりたいなら、他人と比べるのをやめよう。能力でも要素でも何でもいいけど、自分を高めることに専念すると、傍からは底辺と見えても充分に楽しく暮らせるのだ。

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