2月 282022
 

いよいよロシアの軍事侵攻が始まった。もちろん市井の一市民である俺には、その裏にどんな真の事情があったかなどわかるはずもない。ただ「ごく初期の段階では割と本当のことを言う」習性のある日本のマスコミでも、当然クル族がどうだとか、グルジアがスターリンの出身地だからとか、そういう事は言っていなかった。
俺の印象では、グルジアという国が「自分たちのことをジョージアと呼んでほしい」と言い出した事、あれに何かの事情が隠されているのでは・・・と思うのだが、真相はわからない。
んでプーチンが核攻撃の可能性を示唆したとか言われてるけど、これって日本が一番危ないって皆判ってるかな。あくまでも威嚇のために最初は撃つんだろうけど、日本なんてその標的として最適なわけで。なぜなら、

・今回ロシアに経済制裁をした
・日露戦争の件でロシアが恨みを持っている
・アジア人の国なので殺しても良心が痛まない
・攻撃したところで絶対に反撃してこない
・これまで複数回核被害に遭っている
・標的にした際のインパクトは大きい
・国際的な地位が低く影響力もない
・北方領土問題が現在進行形である
・アメポチ

という美味しい要素が満載だから。俺が見せしめのために撃つなら迷わず日本に撃つけどね。もし撃つとしたら東京ではなく、札幌とか、首都圏の主要都市だろうけど。ま、いいんじゃない。「困ったことになる」と言ったのに聞く耳持たないほうが悪い。
世界の終末を予感させる今回のウクライナ危機。俺は菅原道真を信仰するので、そういう意味ではシヴァ信者である。

2月 212022
 

なんとなく「南米パラグアイにいた時に不思議なことがあったな~」と思い出したので、以前の続きとして書いてみよう。
まず以前の記事がこれ。

この時期つまり2009年の10~12月頃だったかな、いろいろ不可解な出来事があった。その詳細は省くが、なんと言うか街中の人間が俺を「コントロール」して、特定の行動を取るように誘導していた、という印象があった。その目的はわからないし、最終的な目標も何だったのか不明である。しかし、その途中途中で、それ以前に知り合った人間が「わざとらしく」現れては俺に「次はこうしろ」「次はここへ行け」と指示を出し、その通りにすると次の人物が現れて・・・ということを繰り返し、俺がそれをブログに書くとなぜか皆が読んでいて、その内容によって次の展開が変わったり・・・と、まあなんと言うか「劇場型」のコントロール合戦だった。
なぜ「合戦」かと言うと、どうも2つの勢力があって、そのうちの片方が俺をコントロールして何かをさせようとし、もう片方がそれを阻止しようとして動いている、そういう印象があったからだ。
コントロールと言うが、例えば道中にわざとらしく現れた人物が、俺と話している時に携帯電話でどこかに電話をかけ、指示をもらってそれを俺に伝えて・・・ということが何回もあった。また俺が街を歩いていると、道行く人々が「?」と気になる行為をすることがあって、例えば手をヒラヒラ振ったり、どこかを指差したりとか、そういうのに俺が釣られて動くと、気がついたら目的地に誘導されていたり、危険を避けて進むことができたりとか、そういうこともあった。
あの時期に、それ以前に家庭教師をしていた女の子の母親と話したら、こう言っていた。「いろいろな人がいて、いろいろなことを言う。けれどあなたは、何が正しいのか、自分で考えなくてはならない」。また俺のスペイン語の先生だったパラグアイ人女性は、電話で俺が「皆俺に何かをさせようとしていますよね?何をさせたいんですか?俺に何をさせるつもりなんですか?」と言うと、申し訳無さそうに「言えません・・・」とだけ言った。確かに、何者かが俺に何かをさせようと誘導していて、それを反対側の勢力が妨げていたのだ。
あの時期に俺がパラグアイとアルゼンチンで受けた「コントロール」というのは、つまり「◯◯だと思い込ませる」ことであり、言い換えれば「洗脳術」である。人に「AAはBBだろう」と思い込ませて、それによって行動をコントロールする。「CCはDDだから、EEをFFすればGGになるに違いない」と思い込ませて、都合のいい行動をとらせる(=コントロールする)技術だ。行動というのは思考によって決定されるから、思考をコントロールすれば行動を操れる。そういうのを洗脳術というわけだ。「何かを対象に思い込ませる」というのがその本筋である。
結局あの一連の出来事は、日本に帰国した別の日本語教師とメールで連絡を取り、最終的に日本大使館に行くことで終結した。その際大使館の領事は、俺が「今回の出来事って一体何だったんですか。未だによくわからないんですけど」と言うと、険しい顔で下を向きながら一言、「知らなくていい」と首を振るのみだった。
思い出すのは、最後の最後に日本に帰国する段階で街の中心部にスーツケースを買いに行った。その時に俺が荷物を上手く詰めなくて困っていると、なぜかユダヤ教のラビが現れて、傍の人に「彼を助けてあげて」と言い、去っていった、という「わざとらしい」出来事があった。もちろんユダヤ教のラビなんてその時に初めて見た。あれは何だったのか。
あの時期にも俺は(こことは別の)ブログを書いていたが、アクセス解析を見ると、その時期だけ北米やブラジルなどから毎日100人を超える閲覧者がいたり、明らかにおかしかった。俺のブログは日本語だったが、パラグアイ人の知人の一人は「翻訳している者がいる」と言っていた。
そして付け加えると、ローマ法王が辞任した2013年にはツイッターやフェイスブックを見ていると、なぜか数人がしばしば気になる書き込みをしたり、運営が恣意的に記事を並べ替えたりして、俺を再度「コントロール」する意図があったとしか思えないのだが・・・。真相は神のみぞ知る。

今回の俺の記事を読んで「妄想だ」と思いたい者は思えばいい。しかし再三言っているように、世界は不可思議で満ちていて、おまえが何でもわかるほど、世の中は単純ではない、のだ。

2月 162022
 

以前書いたように、俺はJINSのメガネを使っている。安いのに必要充分という感じで、もう二度と駅前のメガネ◯ーパーでは買わないつもりだ。高いしすぐ壊れるし。
しかしJINSのを作ってから2年ほど経ったので、また度が合わなくなってきた。そろそろ新しいのを作り時かなあ・・・と思い、またJINSで作ろうかと思っていたが、あいにくJINSは地元にない。市の中心部まで出ないと店舗がなく、めんどくさいなあと思っていたが、よく考えたらJINSと同じような店があるじゃん、ということに気がついた。そう、Zoffである。
ZoffといえばJINSと同じような感じの格安店なので、まあ多分同じようなものだろうと思い、ネットで店舗を調べてみると、ちょうど地元の駅ビルに店舗が入っている。これは近くていいわと思いサイトを見てみると、JINSよりも見やすい。気に入ったので、今回はZoffで作ることにした。
ネットでフレームを注文すると数日で家まで届き、それに同封されている「レンズ引換券」を店舗に持っていくと、度付きレンズに替えてくれるそうだ。今までのフレームは黒い真面目くん風メガネだったので、新しいやつは青い爽やか系メガネにした。

ちなみに古いやつがこれで、

新しいやつがこれ。

古いやつは単純なプラスチックフレームだったけど、新しいやつは半分金属っぽいやつにしてみた。掛けてみると軽いししっかりフィットするし、なかなかいい。「矯正視力が0.8になるようにした」そうなので、また2~3年は使いたい。
古いやつは度が弱いので、本を読む時に使おうと思う。齢40代も後半になると、老眼が進行しているので、メガネを掛けっぱだと近いものが見えづらく本も読みづらい。古いほうの度が弱いメガネはそういう時に重宝する。
粗悪品業者のメガネスー◯ーなんかと違い、値段も安いし品質も良いので、ここのZoffはこれから贔屓にしてやろう。

・・・ところで、ロシアがウクライナに侵攻するんじゃないかって喧々諤々だが、こういう時に決まって現れていたローマ法王が、今回は全く現れないのは何故?メディアでローマ法王を見なくなって久しいが、まだ生きてるの、あいつ?その他にもイランのハメネイもテレビに全く映らないけど、この二人って実はもうコロナで死んでるんじゃね?w

2月 092022
 

「新世紀エヴァンゲリオン」が何のために作られたかはいまだ謎で、90年代の映画公開時にローマ教皇庁が「あの内容は正しい」というメッセージを出したことを考えても、バチカンの意向で作られたんじゃないかなと思うのだが、じゃあ何が目的だったかというと俺にはわからない。
あの作品は当時はいろいろ考察とかあったけど、要するに「皆の興味を引く単語を散りばめて」「それっぽいメタファーをたくさん織り込んで」「さも隠されたメッセージがあるかのように」作られただけの作品であって、実際には整合性も辻褄も考慮されていないしょうもない作品だ。俺はそれに気づいてから興味がなくなったが、一応新劇場版も全部見た。
問題なのは、90年代の映画版のラストシーンの「気持ち悪い」というセリフ。あれは「気持ち悪い」というセリフを言われていた何某かに対するサインのようなものだったと思えてならないが、じゃあ何を示唆していたのかというとよくわからない。バチカンは「あの内容は正しい」と言ったのだから、じゃあ「何の内容か」というのが問題だ。
結局あの作品は90年代で全て終わった作品であって、仮に何か伝えんとしていたならば、それは90年代の作品の中に全て込められているはずである。碇シンジというのがキリスト的な何かであったことは俺でもわかるけど、じゃあそれが「気持ち悪い」というのはどういうことか。
ここで一つ思い出すべきは、ユダヤ人がイエスをどう捉えているか、ということ。イエスは堕落したユダヤ人を諭すために現れ、彼らを説得してやったにもかかわらず、彼らの手によって磔刑に処されてしまった。それなのにユダヤ人は、「イエスは自分たちを救いに来てくれたのだ」と自分たちに都合のいいように解釈し、いつの間にか自分たちの救い主に祭り上げている。
俺はこれまでキリスト教と仏教の、所謂「聖職者」と呼ばれる人間と何人も接してきたが、彼らに「神の教え」「仏の教え」に従って生きている者はほとんどいない。皆真逆の生き方をしている。これは何故か考えると、結局「悪人正機説」みたいなもの、つまり「悪しき生き方をしていても救ってもらえる」みたいな考え方があるから、全員開き直ってしょうもない生き方をしているのかな、と思う。
もしくは「また誰かが自分たちの罪を償ってくれる」と考えているとか・・・。俺はこの可能性は極めて高いと思う。誰かを磔刑に処すことはないにせよ、「常に不幸な状態」にしておくことにより、自分たちが救われた状態になるのだ、とか思っているのではないか。エヴァンゲリオンの90年代の映画のTVCMで、「これが貴方の望んだ世界そのものよ」というセリフがあったが、それは「気持ち悪い」と言われていた者のことであって、彼がスケープゴートにされていることにより、現在の世界(この国?)は救われた状態にあるのでは・・・と思えてならない。

2月 022022
 

日本で一番偉い人は誰か?と言ったら、それは当然「天皇」なわけで、天皇は人間宣言をしているので、日本で一番偉い人は天皇である、というか、そのはずである。
ではなぜ、日本で一番偉い神様は、女神なのだろうか?
日本で一番偉い神様は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)ということになっている。もちろん日本神話のパンテオンにおいて、「形式上は」「名目上は」ではあるが。つまり神話の上では、日本は「女性(上位)の国」のはずである。
しかし実際には、かつての女系天皇・女性天皇論争を思い出すまでもなく、日本は女性が天皇の座につくことを頑なに認めようとしない。歴史上、推古天皇や持統天皇などの女性天皇が存在したにもかかわらず、新たな女性の天皇が誕生することを、日本という国は頑なに拒んでいる。
普通に考えて、神話の上では女性が一番偉いのだから、女性が新たな天皇の座につくことは、喜ばしいことのはずだ。ではなぜそれを国を挙げて拒否するのか?
神話の上では女性が一番偉い、それは動かしがたい。しかし実際の世の中では男が偉い。だから天皇は男性であることが求められる。だがそうであれば、歴史時代の途中で、記紀神話の改変が行われ、男神が最も偉いという内容に書き換えられていたはずである。
邪馬台国が女王卑弥呼に統治されていた国だった、そして邪馬台国は日本のルーツである、という論も、日本は起源を辿っていけば女性上位の体制が元だったのだ、という思想が根底にあるからではないかと思う。
ではなぜ元々は女性上位の体制だった、という発想があるかといえば、それは結局「日本は女が支配する国だから」ではないだろうか。女が支配する国―――それは現実でなのか、神話上なのか、どちらだろう。現実の見えないところにそういう人物がいるのかもしれないし、それは別の国の誰かなのかもしれない。
そして仮に「神話の上では女が支配する国」なのであれば、それは天照大御神とは限らない。例えば富士山を神格化した神は木花咲耶姫(コナハナサクヤヒメ)だが、富士山に統治されたいという思想を持つ日本人がいても不思議ではない。
そして石川県白山の白山比咩神社、この白山比咩(シラヤマヒメ)は、別名を菊理媛(ククリヒメ)と言い、「ククリ=高句麗」だと言われる。白山神社の総本社で、被差別民と関係があるから、高句麗という単語も出てくるわけだ。俺の印象では、日本を支配する女神がいるとすれば、白山比咩ではないかと思えてならない。そして日本という国が頑なに女性の天皇を拒む理由は、もしそれが誕生してしまえば菊理媛の顕現とイコールだからではないか、と、想像する。それは彼の人の血筋などを知らない俺にはただの想像に過ぎないが。
天照大御神が顕現するのはいい、木花咲耶姫が顕現するのもいい、しかし菊理媛が顕現し国の頂点に立つことだけは許されない―――そういう事情があるのではないか、とふと思った。
そういえば、10年前に俺のブログにコメントが書き込まれたが、その書き込み元を見たら皇居の中だったのだが、本当かな?