8月 262022
 

1962年の映画「破戒」を見た。島崎藤村原作の、部落差別を題材にしたとして有名な作品。
内容は普通に面白いかな。俺は原作小説は未読なので「ラストで海外に行く」くらいしか知らなかったけど、この作品では東京へ行って終わった。作中「BURAKU」「BURAKUMIN」という単語がバンバン出たけど、「ETA」というのはさすがに出なかった(笑)。
でもさ、見ながら「こういうのって本当なの?」と思った。どうも胡散臭いというか、被差別部落や部落差別の正確な描写をしていないような気がする。映画のテイストとしては、ほら、俺の大嫌いな、グレゴリー・ぺック主演の「紳士協定」そのまんま。すごく「奇麗事」で締めたような感じ。
実際には部落民といってもいろんな種類がいたわけだし、その中にはいろんな職業の者がいて、中には体制の手先みたいなのもいた。俺らだって中学時代に「穢多というのは警察や牢番のような仕事に就いていた」と習うわけだし。他にも子連れ狼の「草」とか、カムイの忍者とかだって、部落民の一種だ。
結局、この作品のような不正確な情報を流布させることによって、賤民についての正確な実態をカムフラージュする意図があるのでは・・・と思ってしまう。俺を含めて大抵の人は、部落民や賤民に関する正確な情報を今でもずーっと持っていないわけで、仮に持っているとしたら歴史学者や民俗学者だけど、日本の学問の世界は部落民パラダイスだし、特に民俗学なんて解〇同盟の提灯担ぎをしないとやらせてもらえない分野だし。学生の頃に民俗学の本をいくつか読んだけど、どれを読んでも必ず「・・・戦時中に田舎に疎開すると現地の子供たちにいじめられたが、部落民の子供たちが守ってくれた」という一文が書いてあるんだよね。もう必ず書いてある(笑)。
だから島崎藤村には悪いんだけど、アイツラの実態を少なからず知っている俺からすれば、ついつい笑いながら見てしまう映画だった。
で、見終わってから知ったけど、今年になってリメイクされたんだな。知らない役者ばっか出てるけど、この時代に果たして需要はあるのだろうか?