6月 252022
 

「かぐや様は告らせたい」は、3年前にアニメが始まって、すごく面白いのでマンガも読んだらこれも面白くて、しばらくの間ハマってた作品だ。マンガは文化祭の風船告白の後はグダグダで正直つまらなく、「もう終わっていいよ」的な作品になってしまったが、今期やってるアニメはその風船告白までを描いていたので、最後まで(一応)楽しく見れた。
これでアニメも終わりのようだが、以前橋本環奈主演で実写化されて、ちょっと見たけど「声が汚えなぁ」とガッカリした。もしかしたらアニメ映画化もするのかもしれないけど、この作品は典型的な「出オチ」というか、最初はすっげー面白いのに段々尻すぼみになっていくという、そんでその理由が「実はスクールカーストに敏感な作者」の感性によるものという、なんちゅーか高校時代に不遇だった俺には「段々読むのが辛くなってきた」作品である。
金持ちの子弟が通う上流階級学校の恋愛模様というと、俺はうっすらと「こいつら普通の人間なの?」という疑いを抱いてしまう。
「普通の人間」・・・。そう、俺が予備校に通っていた時、有名な英語の講師に表三郎という人物がいて、大阪市立大学出身の活動家だったが、彼が「自分の授業を警察官の子供が偵察に来る」と言ってたり、他にも「広島に日本の秘密警察の長官がいる」とも言ってた。
そういう「普通でない人間」というのは少なからず存在し、もちろん俺の過去の知人にも何人もいたし、けれどそういう奴に限って一般社会では大きな顔をしている。普通の人間をいいようにコントロールして、自分たち「普通でない人間」の理想の社会を築くために人間関係を操っている――という現実がある。そして金持ちの子弟というのは、大抵「普通でない人間」の一員である。
だから俺は、「かぐや様は告らせたい」を見ていると、「あーあーこんな素直で単純な普通の人間なんて、こういう奴らにはいないから」と思う。こういう奴らは権力の走狗とか体制の維持者であって、頭に生えたアンテナに指令が来るとその通りに動いて思考するラジコン人間なんだよ、と苦笑を禁じえない。
まあ所詮マンガの話だけど、そういうラジコン人間(ナイスな言い回しだな、これ)は、自分の印象や思考よりも「指令第一」「命令第一」だから、俺は判り合おうと全く思っていない。絶対に不可能だからである。それは『=戦時中のゲシュタポの人間にユダヤ人の人権を説く行為』に等しい。わかるかな?
だから俺は他人を信用しない。しかしそれは、他人に責任があるのであって、俺には責任はない。俺に信用してもらえない他の人間が全て悪いのである。

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