11月 192022
 

若い時に読んだ本に強く影響されてしまう、というのは誰でもあって、人によってはそれで右翼になったり左翼になったりするんだけど、恥ずかしいことに俺は「新國民社の本」に影響されていた。
新國民社は古代史関係の本を主に出版していた会社で、いわゆる「八切止夫みたいな」論調の本ばかり出していた、といえばわかりやすいかな?要するに胡散臭いというか、「偽史」みたいなのを大真面目に取り上げる会社である。
その著者の代表が鹿島昇で、知っている人は知っている、ある意味有名人だ。俺はこの人物の本を高校時代にたまたま古本屋で見つけて読んでみて、ものすごく衝撃というか、「えーこんな事実があったの!?」と驚愕して真に受けてしまったんだよね・・・。まあ仕方ないよね。まだ10代のすごく多感で未熟な頃に、こういう感じの本をいきなり読んだら、そりゃ影響されてしまう。
そのため俺はその後長い間、新國民社の本に書かれているような内容をずーっと信じていて、おかげで大学時代は授業を聞いても理解できなかったり、人と話してもトンチンカンなことを言ってしまったり、すごく悪影響を受けて苦労してしまった。その影響から脱却できたのは割と最近である。
だからこのブログの「古代史関連」の文章を読んでも、しばしば「ハァ?」という記述があると思う。ぶっちゃけそれは、新國民社の本の影響なのだ・・・(恥)。

前置きが長くなったが、最近になって鹿島昇についてネットで検索してみると、「韓国民団や統一教会が関係している」と書かれていたりする。例えばこのサイトとか。

今思うと確かにそんな気がする。だって、やたらと「日本の~~は朝鮮起源」とか「日本古代史は朝鮮史をパクって捏造した」とか主張したり、「徳川家康は元々奴隷商人だった」とか日本の価値を下げようという主張をするし、果ては「日本人は奴隷に最適な民族です」って断言したり。昔はリベラルな奴とか思ってたけど、今考えるとものすごく変な奴だ。
それになぜか韓国の大学の教授を呼んできてシンポジウムを開いたり、明らかに偽書である「桓檀古記」なんてのを宣伝しまくったり、確かに韓国とか朝鮮の手先にも見える。

そしてもう一つ鹿島昇の特徴は、オカルティックな論を大真面目に論じるところ。特に日猶同祖論に関して、明らかにインチキなソースによる話を真剣に語る。例えば「大分の国東半島に東表国がありオッフルと呼ばれていて~」と言うが、これは国東の土着の蛇神であるトウベウと、オッフル・マズド(アフラ・マズダー)の組み合わせだろう。つまり国東半島にイラン系の文化とか蛇を敬う文化があった、と誰かに聞いたんだろう。他にも「現在の熊本県に多婆羅(たばら)国があり、製鉄系の国家だった」と言うが、これは田原坂(たばるざか)という地名があるのと、現在のトルコ東部にTABALという地域があり古代のヒッタイトがあった場所なので、タバルと製鉄で繋げたんだろう。
他にも、聖書のダゴン神殿の「ダゴン」と檀君朝鮮の「檀君」が音が似ているので同じだと主張したり、大物主をオーモンと読めばソロモンと同じだと主張したり。要するに日猶同祖論で登場するいくつかの要素を、似た者同士で繋いでしまっているケースが多々見られた。
こういうのは今になったらわかるけど、10代のころにはわかるわけもなく、俺はコロッと影響されてしまったんだよ・・・(恥)。

だけど確かに面白い記述があるのも事実。「なんでそんなこと知ってるの?」と訊きたくなるようなことが書かれているのは確かで、そういうのは今でも不思議に思う。
例えば「日本にはシノガラという秘密結社があって戦後の日本を支配していて~」としつこく書いてて、例えばロッキード事件の政治家がどうだとか、どこかの大学の総長がそうだとか何度も書いてる。そんで何かにつけて「サンカ」という単語を出し、日本のどこどこに彼らが多い~という地図が載ってて、見るとなぜか東海大学の付属高校がある場所だったり(笑)。あと板橋警察署にサンカの資料が大量に保管されてるとか、彼らは大きな河川をエリアの境界にして別れて住んでるとか、だから河川敷を土地転がししてる何某は~とか。他にも、木下藤吉郎は木影(このかげ)という忍びの出身で、元々「川の民」だったから墨俣一夜城ができたのだ、とも。真偽は不明だけど確かに面白いのは事実。
他には「日本が明治時代に朝鮮に侵略したのは、現地の歴史書を奪って焚書して、真実の歴史を隠すため」と言ってて、その時に奪った歴史書は天理大学の付属図書館に保存されているとも書いてた。
鹿島昇は「日本に文化をもたらしたのはとにかく朝鮮である」みたいな考えなので、もちろん天皇も朝鮮半島から渡来したと主張してた。「韓国では日本の天皇が百済の出身であることは国民的常識です」と言ってたけど、これはたぶん朝鮮の百済のエリアに「扶余」という古都があるのと、江上波夫の騎馬民族征服王朝説で沿海州の「扶餘」という国が出てくるので、両者を繋げたんじゃないかな。

個人的に一番面白いと思ったのは、鹿島昇とか八切止夫とかの対談文だったかな?そこに「祇園というのは、古代イランのスサで総督をしていたのがユダヤ人で、そこではGIONという神が祀られていて、スサはヤサカ川の流域にあり~」と書かれてて、これは実際に大学時代に俺の研究室の教授に話したら「僕も聞いたことがあるんです」と言ってた。
あと「朝鮮半島の南東部の、新羅があったエリアの〇〇道(名前失念)の出身者たちが、南北朝鮮両方の軍部の指導部になっているので、南北朝鮮はいつでも統一できる」と断言してた。これはその教授も知ってたし、パラグアイの日本人会の人も知ってたので、有名な話のようだ。

あーあと一番面白かったのは、「大分の国東半島で、九州大学の研究者が地元の居付サンカの某氏に製鉄遺跡に案内され、古い鉄剣を発見し、C14で測定したところ紀元前3世紀に製造された物だと判明した」と書かれてて、その研究者の名前も鉄剣の写真も載ってて、「現在国東半島の民俗館に展示されています」と書かれていた。それで学生時代に国東半島の役場に電話して聞いてみたら「そういうものがあると聞いたことはありますが、どこだかはわかりません。超古代史に関心のある人が問い合わせて来ますが~」って言葉を濁された。
これは国東半島に非常に古い文明が存在した、という論の根拠にされているようだ。本当ならすごく面白いけど。

あとは、新國民社の書籍リストを見てもわかるけど、なぜかこの会社は「東京相互銀行」というのを目の敵にしていた。鹿島昇以外にもいろいろ書いてる人がいて、一体なぜだろうと不思議だった。いわく「サンカ系の銀行」「女子行員を売り飛ばしてる」とか、ホントなの?と思ってたけど、小泉政権の時にその頭取だった長田庄一という人物が逮捕されてたので、あーホントだったのかなーと思った記憶がある。
「長田」について、神戸市の長田区は元々「長田」と書いて「ちよだ」と読んでいたとも言ってて、チヨダ族というのがいたと言い、「チヨダ族は神戸市長田から八ヶ岳や江戸や茨城を経由して、福島に異動した」と言う。これは江戸城を正式には千代田城というので、徳川家が江戸や水戸を拠点としてたことと、明治維新で薩長軍が会津藩を最後に攻めたことからだろう。以前「神戸市長田には奴らの拠点がある」と某掲示板に書かれてたが、何のことだろう?

ちなみにこの手のいわゆる「偽史」に関する本を読むと、100%登場するのが「ウガヤフキアエズ朝」だ。神武天皇の前にウガヤフキアエズ朝72代というのがあった、と全ての偽史に出てくるらしい。俺はもはや興味もないけど、昔「ウガヤ・ジャーナル」というサイトがあって、朝日新聞社員だった烏賀陽(うがや)という人物が文章を書いてて、内容は忘れたが、文中に「烏賀陽というのは珍しい姓で、京都に10数戸しかない」とか書かれてたはず。神戸市には葺合(ふきあえ)という地名があり、千葉県我孫子市には葺不合(ふきあえず)神社というのがあるようだ。

・・・とまあ、こんな感じの内容が書かれた本を、俺は未熟な10代の頃に読んでしまってめっちゃ影響されてしまい、そこから抜け出すのに苦労したのだ。しかもそれを書いた人物が韓国民団や統一教会と関係しているらしいと知って、ちょっと驚いている。であれば逆に、韓国や統一教会は日本についてこんな考えを持っている、という格好のサンプルかと思う。そして奴らが日本の古代史について「攪乱」するためにどんな説を流布しているか、という参考になると思う。
正直俺自身がそういう情報で攪乱させられてた張本人なので、反省も兼ねて書いてみました。

 Leave a Reply

(必須)

(必須)