弧毒男

4月 282021
 

5chで大谷翔平のスレを見ていたら、「アンチの数は人気のバロメーターと言われている」と書かれていた。

・・・そうか、実力と人気があるほど、アンチが多いのか!
ということは俺にアンチが多いのは、それだけ才能があるということかもしれん!
かのフロイトは「敵からの称賛は、味方からのそれよりも何倍も価値がある」と言われたし、俺にアンチが多いのはそれだけ認められているということなのか!

4月 272021
 

なんか最近、閲覧者が微妙に増えたような気がする俺の底辺ブログ。俺の愚痴をグダグダ書き散らしてるだけのこのブログだが、有益な内容も多少はあるだろう。
その中でも、以前述べた「9年ごとに災厄が起こる」というあれ。見事に当たっちゃったね。2001年に911テロが起こり、2010年にジャスミン革命があってそれがアラブの春へと繋がり、シリアで米露双方が軍事介入寸前まで行って、すわ世界大戦勃発かという事態になったけど、その9年後の2019年にはコロナが始まって、現在コロナ禍真っ最中。
スーリヤとか九耀とか、アーリア人が9というサイクルで世界が更新されるという思想を持っているとか、散々書いたけど、まあこういうオカルト的な発想に基づいて物事を起こしている奴はいるわけだ。そういう連中がコロナを人為的に撒き散らして、世界的な災厄を起こしているのが、今回のコロナ危機だろう。
俺にしかわからないことだってあるのに、俺を散々冷遇してきたからこういうことになったのだ。まあせいぜい苦しめ人類。もう俺は何も関与せんから。このままどんどんウイルスが強毒化して取り返しのつかないことになっても、まあなるんだろうけど、俺の知ったことではない。皆の苦しみは俺の喜びである。
先月からやっていたD:OS2は1ヶ月でクリアした。なかなか難解なストーリーでイマイチ理解しづらかったけど、1同様面白かった。やはりRPGは洋ゲーに限る。他にもMuse Dashも面白いし、今でもFall Guysとかロケットリーグもやっている。Apexもたまにやるけどこれは難しいのでよくわからない。今年はアイマスのSteam版も出るし、まだまだPCゲームで楽しめそうだ。
大リーグは大谷が大活躍してるので見てて楽しいし、まあ俺だってある意味世界レベルなんだけど、誰に知られることもなく底辺で燻っているのが歯痒いな。俺のような「誰に知られることもない」無名戦士というのは、世の中に少なからずいると思うよ。そういう人間が歯車になって世の中をちょっとずつ動かしている・・・。それはUNIX板の有志が某掲示板を延命させたりするのもそうだし、無名のハッカー達がネットワークを弄っているのもそうだと言える。
まあ前のローマ法王は辞任したけど、今の法王のフランシスコ1世だっけ?あいつってまだ生きてるの?あいつにしてもハメネイにしても人前に出てこないけど、実はもう死んでるんじゃね?コロナで。真の弱者の気持ちをわからない権力者は全員死んでしまえ。取り敢えずコロナはまだまだ続くぞ。次は東京オリンピック中止だ。

4月 182021
 

よく「ユダヤ人は自分たち以外をゴイム、すなわち豚と呼び、彼らの支配を謀っている」という。俺は直接のユダヤ人の知り合いはいないわけではないが、果たしてこれは本当だろうか。
日本においてユダヤ人の生態を知るのに最適なサンプルが、同和と在日だ。俺が古代史の文章に書いたことを読めば、要するに「秦氏=同和・在日」なのはわかるかもしれない。秦氏=ユダヤ人だから、要するに同和と在日というのはユダヤ人である。
それは、両者の言っていることがそのまま同じであることからもわかるだろう。やれ「自分たちは差別されている」だの「自分たちは苦難の歴史を歩んできた」だのと抜かし、日本でも世界でもどこでも固まって住んでゲットーを形成し、その反面金融の力を使って世の中を支配している。日本でも海外でも、こいつらの支配分野はほぼ一緒だ。金融・芸能・学問など。だから日本の同和と在日を観察することは、取りも直さずユダヤ人の生態を観察することに等しいので、非常に興味深い。
「ユダヤ人が自分たち以外を豚とみなしている」というのは、つまり「選民思想」だ。もっと言えば「自分たちだけが人間である」という考え方である。自分たちだけが人間であって、それ以外は人間ではない。だから自分たちは何をしても許されるのだ--というのが、ユダヤ人の考え方だと言われる。
俺はこれも、多分本当のことだと思う。なぜなら日本の同和と在日が、凄まじいまでの選民思想を持っているからだ。マジでこいつらは、自分たち以外を人間だと思っていない。自分たちと、自分たちが認めたそれ以外の人種、それだけが世の中を構成すればよいと思っている。俺は学生時代からこいつらを注意深くそして興味深く観察してきたが、本当~にものすごい選民思想で、こいつらの根拠のない自信はどこから来るのか、それは「体制」「権力」と結びついているところから来ると今はわかっているが、まあ本当に超ド級に凄まじいばかりの選民思想で、こりゃ歴史を通じて嫌われてきても当然だな、とつくづく思った。
「嫌悪」と「差別」、つまり「嫌っている」のか「差別している」のか、という問題だが、同和と在日の連中はこれについて詭弁を弄す。すなわち、「自分たちは差別されている。だから自分たちは他の奴らを嫌う」という詭弁だ。同和と在日の連中のやっていることは紛れもない「差別」なのに、彼らは「俺達はおまえのことが嫌いなんだ」という物言いをして、自分たちが他者を差別していることを正当化しようとする。
これはユダヤ人も同じで、彼らは「歴史上ずっと差別迫害されてきた」というテーゼを正当化・事実化してしまっているので、自分たちを嫌う者がいても「それは差別だ」と言いがかりをつけることが大っぴらに認められていて、それはナチス・ドイツの失敗によりもはや覆ることはない。それをいい事にして、自分たちへの批判を全て「それは差別だ」と言い換える正当な権利を得てしまっている。
果たして、徒党を組んで体制や権力を味方につけ、世の中を恣意的に動かしている連中は、「差別」されているのか「嫌悪」されているのか。いくらユダヤ人や同和や在日の連中が詭弁を弄しても、実際に嫌悪され嫌われているのは自分たちの方である。けれど彼らに「君たちは差別なんてされてない。ただ嫌われているだけだ」と言ったところで、彼らは既に狂っているので理解できないだろう。
彼らが狂っていると考えれば説明のつくことはいろいろある。俺の感想では、彼らの意識というのは後天的なものではなく先天的なもので、教育によって身に付いたものではなく、もはや遺伝子レベルで体に染み込んでいるとしか思えない。俺が観察してきた同和と在日は、それくらい狂った差別者だった。もはや言ってどうにかなるというレベルではなかった。
そして俺はキリスト教徒の端くれだが、(現在の)キリスト教というのは事実上、ユダヤ人の奴隷である。キリスト教の聖職者と言われる人間を何人か知っているが、一人残らず「ユダヤ人は聖なる民族」だという考えをしていた。一体歴史をどう学べばユダヤ人が聖なる民族になるのか俺にはわからないのだが、神学校の洗脳教育はそういうものなのだろう。前々にも書いた通り、これが「俺がキリスト教会に行きたくない理由」である。あんな自分たち以外を差別ばかりしているクズ共を神聖視する宗教、そんなものを盲目的に信じる奴はバカだ。俺は自分が信ずる宗教であっても、批判的に自分で勉強しない奴はただのバカだと思っている。
日本にいても、ユダヤ人がどういう生態なのかは何となくわかる、という例を挙げたが、日本のユダヤ人つまり秦氏はダン族なので、その中でも最悪の奴らだ。その辺は俺の古代史の文章をよく読まれたし。

4月 152021
 

俺は10年ちょい前に南米に住んでいて、そこでいろんな出来事があった。
その中でも忘れられないのが、ちょっとした「スパイ合戦」のようなものに巻き込まれたことだ。断っておくが、俺自身はただの人で、如何なる組織にも所属していないし、如何なる団体の関係者でもない。ただ「要らん事に首を突っ込んだ」ような事情があって、それが理由でそういう事態に巻き込まれたのではないか、とここでは言っておこう。

俺がアルゼンチンのクロリンダという町へ行った時のこと。時間はもう夜の0時過ぎで、あたりは真っ暗だ。日本と違い、深夜になると店は皆閉めてしまい、本当に「真っ暗」になる。そんな中で開いているのはコンビニ(のような雑貨店)だけで、そこだけが明かりが点いていて、何人かの現地人が店の前の椅子に座ってビールを飲んでいた。
そもそもなぜそんな時間にそこへ行ったのかだが、当時はいろいろ込み入った事情があった。パラグアイのアスンシオンに住んではいたものの、帰るにはバスターミナルへ行かなくてはならず、行くにはタクシーに乗らなければならない。それで俺は、とりあえず一服しようと思い、そのコンビニへ行った。
店の中に入り瓶のビールを一本買い、店の外にある椅子に座って、ビールをラッパ飲みしていた。するとツカツカと一人の若い現地人が近づいてきて、なぜか俺に握手を求めてくる。そいつは夜でもわかるほど顔が真っ赤で、目がギラギラしている(今考えると、そいつの様子から、多分覚醒剤かクスリをやっていたんだろう)。俺の顔というか目を直視しながら、握手を求めてきた。俺は大して疑問にも思わず、そいつに右手を差し出して握手をした。するとそいつは、俺が座っているテーブルの向かいに座った。が、なぜか俺から目を逸らさず、じーっと目を見続けている。
俺がビールの瓶を取り一口ラッパ飲みし、瓶をテーブルに置く。するとそいつも瓶を取り、一口飲み、瓶をテーブルに置く。また俺が瓶を取って一口飲み、瓶を置くと、そいつがまた瓶を持って一口飲み、瓶を置く。俺が「おまえは誰だ?」と言っても返事をしない。もう一度俺が「おまえの名前は?」と訊いても、やはり返事をしない。その後もビールの瓶を取って、一口飲み、そいつも同じように瓶を取って一口飲む、という行為はしばらく続いた。しかしその間、そいつは俺から一度も目を逸らさなかった。血走った目で俺の目をじーっと直視し続けていた。
俺が「流石にこいつはヤバいな」と思ったのは2~3分後だろうか。立ち上がり荷物を持って、店の中に入っていこうとしたその時、なぜか一人の警官(あっちではポリシアという)が急ぎ足で歩いてきた。そして店の入口に立っていた現地人と何か話すと、入口の上にある電灯を不思議そうに眺めている。「確かにここで何かあったと聞いてきたんだけど・・・?」みたいに、不思議そうに電灯を眺めて、その間ずっと店の入口に立っていた。
俺はその警官の横を通って店の中に入り、レジの店員に「タクシーを呼んで」と言うと、店員は振り向きもせずに右手を上げ、親指を外に向けて「そこにいるよ」と指差す。俺が「え?」と外を見ると、ちょうど店の前にタクシーがキーっと停まり、運転手が窓から手を出して、俺に「乗れ!」と大きく身振りしている。
俺はまた警官の横を通って外に出て、テクテク歩いてタクシーに乗り、そのままバスターミナルへと向かった・・・。

とまあ、こういう事があったのだ。
この出来事は、別に何が起こったというわけではない。何事もない日常の中で、普通の時間が流れている、それだけだ。けれどあの目が血走った男とか、偶然現れた警官とか、まあこういうのが「スパイ合戦」というか、そういうものだったんだな、と今でも思う。真夜中の南米の田舎町で間抜けなハポネスが一人刺し殺されても大したニュースにはならないだろうし、警官が深夜に街を巡回していても何も不思議ではない。「So it goes.」そういうものだ。
もちろんこの前後にも不自然な出来事がいろいろあって、それがあるからこの件を「スパイ合戦」と思うのだが、大したものだと思うのは、普通の日常がただ流れている中で、人や物を動かしてどうこうするという、そういう技術というかやり方が、さすがは諜報機関だな、としみじみ思う。とても日本の警察あがりの人間なんかにはできそうもない手法だ。

「事実は小説よりも奇なり」というが、これって原義は、「NOVEL」という単語に「奇妙な」という意味もあるからできた句だと思うんだけど・・・このこと忘れられてるよな。まあ事実がどうだったのかは神のみぞ知る。ただ一つだけ言えることは、俺が度々言っているように、世の中は謎に満ちていて、不可解な事実なんていくらでもある。世の中はおまえが思うほど単純ではない、ということだ。

4月 042021
 

今年も誕生日を迎えてしまい、もはや初老に差し掛かろうとしている・・・。
今年の誕生日は、「かもめのジョナサン」という小説を読んだ。読みながら「俺の書きたいのはこういうものなんだよなあ」と思った。いいね、こういう文章は。内容もいい。俺は一羽の孤独なかもめ、羽を広げて彼方へと翔んでゆく――。たまたま誕生日にこの小説を読んだというのは、なにか象徴的な気がする。
最近は本をたくさん読んだり映画をいっぱい観たりして、それなりに充実している。
PCゲームも「Divinity:Original Sin2」というRPGをやっていて面白い。やはりRPGは洋ゲーに限る。ドラクエみたいな幼稚な内容じゃないし、非常に深みがあって面白い。日本人にはとても作れないゲームだ。
また「Muse Dash」という音ゲーがSteamで100円だったので購入してみたが、これも面白い!音ゲーはほぼ初体験だけど、俺でも楽しめる作りで、キャラも可愛いしとても楽しい。ブログ仲間にも勧めている。俺はDLCも買ってしまうほど気に入った。これも長く楽しめそうだ。
便利なフリーソフトもいろいろ見つけた。漫画を読む時にずっと「マンガミーヤ」を使ってきたが、pngが読めなくて困っていたので別のソフトを探すと、「NeeView」というのを見つけて、これは大変いいソフトだ。またRadikoを聴くのにも謹製アプリが使えなくなったので困っていたが、「らじれこ」というやつが多機能で性能もよく、非常に使いやすい。今もらじれこでPRTのタイムフリーを聴きながら文章を書いている。
今日のブログの文章は、こないだ買ったDELLのノートPCから書いている。このノートは安いのに性能は必要充分で、本当に買ってよかった。家のネット回線も速くなったし、いろいろ改善点があって良いことだ。
あとは健康だな。あと10kgくらい痩せて、高血圧なのと高脂血症なのと血糖値が高いことを何とかせねば・・・。「人生は死ぬまでの暇つぶし」とは言うが、あいにく俺はまだ死にたくない。このコロナ禍の現在、もうちょっと世の中の行く末を見てみたい。
あと何年生きられるかわからないけど、とりあえず楽しいことだってちゃんとあるから、あまり悲観しないようにしよう。

3月 312021
 

「星を継ぐもの」という有名なSF小説があって、3部作なのだが、俺は数年前に1冊目だけ読んで、普通に面白いなと思った。その後時間が経ち、ふと思い立って2冊目と3冊目も買って、1冊目から読み直して、さっき3部作を全部読んだ。
この作品が書かれたのは1980年前後で、冷戦真っ只中の時代。いわゆる近未来SFとかではなくて、なんちゅーか「文明論SF」みたいな感じだったけど、要するに「一握りの一族が人類の富を握って世界を操っているが、そいつらは実は宇宙人だった」というお話だった。
実際に世界を一握りの一族が操っているというのは遠からず事実だろうし、その辺は俺も高校時代に「赤い盾」という本を読んで「あーそうなのかー」と思った。その辺の詳細は俺にはわからないし勉強不足だけど、「星を継ぐもの」は、世界の富を握っている一握りの王侯貴族というのが、自分たちの既得権益を守るために科学技術の発展を妨げていて、一般大衆を愚かなままにしておき、文明の発展をもコントロールしている、というお話だった。この小説は、その王侯貴族が実は宇宙人で、人類を仇敵とみなしており、そのために恣意的に発展をコントロールしている、という筋書きだった。
俺はこれに近いことを昔から考えていて、別に宇宙人とは思わないけど、ぶっちゃけユダヤ人はそういう存在ではないかと思っている。エヴァンゲリオンを引き合いに出すまでもないけど、俺は現在の文明は人類にとって一度目の文明ではなく、何度目かの文明だと思っている。俺のようにインドのことを学んだ人間ならそう思う者は少なからずいるはずだ。そして現在の文明の一つ前の文明の生き残りがユダヤ人で、彼らは前文明の知識やノウハウを持っているがゆえに、今でも世界をコントロールできるのではないか、と思っている。
例えば金融の知識や原子力の知識など、彼らが妙に活躍している場は少なくない。そういうのを「ユダヤ人は優秀だから~」という論で片付ける場合が多いが、俺は全くそうは思わない。彼らが特段優れた民族だなんてこれっぽっちも思わない。それは、日本で「特定の人間たち」が学問の世界を牛耳っているのを見ればわかるだろう。彼らは別に優秀でもなんでもないのに、同胞だけを重用して選んでいて、自分たちの仲間しかグループに入れないので、そう見えるだけである。ユダヤ人もそれと同じことをやっているのは想像に難くない。
なぜユダヤ人が現在これだけ世界をコントロールできるのかといったら、前文明のノウハウをたくさん持っていて、それを徐々に小出しにしているからではないか、と昔から思ってきた。それと同じことをして彼らに対抗したのが大戦中のドイツではないか、とも思ってきた。事実ナチス・ドイツが古代の文明に極めて強い興味を持っていたことは知られているし。そうでなかったらあんなにユダヤ人ばかりノーベル賞を獲れるもんかね。その辺は俺の古代史の文章を注意深く読めば伝わってくると思う。
「星を継ぐもの」は、それがユダヤ人ではなく宇宙人だった、というお話だけど、多分作者のJ・P・ホーガンも俺と同じことを考えていたと思う。なぜならその宇宙人の名前が「ジェブレン人」で、JEWに由来する名称だからだ。この辺は「スター・ウォーズ」とか「機動戦士ガンダム」の作者も通じることを考えていたのがわかる。世の中そんなにバカばかりではない。
まあ単純にSF小説として面白いのでオススメです。SFの名作中の名作の一つと言われている作品だし、もっと若い頃に読めばよかったな、と思ったよ。

3月 272021
 

今でもわからないことがあるのだが、もう20年近く前、2002年のことだ。
俺は当時、大学を卒業して実家に帰ってきて、ネットゲームにハマっていた。その中でも「リネージュ」というやつを一時期熱心にやっていたのだが、ある日いつものようにそのゲームをやっていて、一人でフィールドをウロウロしていると、別のキャラクターが近づいてきた。確か名前は「Vessel」だったと思う。
そのキャラクターのことは全く知らなかったのだが、なぜかそいつが俺の近くで、会話ウインドウに英語の文章を書いた。長文だったので俺は「?」と思い、読もうとしたが、知らない単語が入っていて読めない。それで一応内容を書き留めておいた。
その後その出来事のことは忘れてしまい、書き留めた紙もどこかへ行ってしまった。
けれど2005年になって、なんとなく気になって、文章中の単語をいくつか思い出し、それらの単語をGoogleで検索してみた。すると、それはエドガー・アラン・ポーの「イスラフェル」という詩の一節だとわかった。古い英語で書かれているために知らない単語があり、そのままでは読めないので、俺は気になって、アマゾンで「ポー詩集」を購入してみた。しかしそれを読んでも、何のことだか意味がわからなかった。
参考までに、その詩を下に掲載しておこう。
 

In Heaven a spirit doth dwell
“Whose heart-strings are a lute”;
None sing so wildly well
As the angel Israfel,
And the giddy stars (so legends tell),
Ceasing their hymns, attend the spell
Of his voice, all mute.

Tottering above
In her highest noon,
The enamoured moon
Blushes with love,
While, to listen, the red levin
(With the rapid Pleiads, even,
Which were seven,)
Pauses in Heaven.

And they say (the starry choir
And the other listening things)
That Israfeli’s fire
Is owing to that lyre
By which he sits and sings—
The trembling living wire
Of those unusual strings.

But the skies that angel trod,
Where deep thoughts are a duty,
Where Love’s a grown-up God,
Where the Houri glances are
Imbued with all the beauty
Which we worship in a star.

Therefore, thou art not wrong,
Israfeli, who despisest
An unimpassioned song;
To thee the laurels belong,
Best bard, because the wisest!
Merrily live, and long!

The ecstasies above
With thy burning measures suit—
Thy grief, thy joy, thy hate, thy love,
With the fervour of thy lute—
Well may the stars be mute!

Yes, Heaven is thine; but this
Is a world of sweets and sours;
Our flowers are merely—flowers,
And the shadow of thy perfect bliss
Is the sunshine of ours.

If I could dwell
Where Israfel
Hath dwelt, and he where I,
He might not sing so wildly well
A mortal melody,
While a bolder note than this might swell
From my lyre within the sky.
 

この詩の冒頭の一節が、リネージュの会話ウインドウに書き込まれたのだ。一体何が言いたかったのだろう?
ちなみにイスラフェルというのは、正確にはイスラーフィールといい、Wikipediaには「イスラム教において、最後の審判の裁きを知らせるラッパを吹くといわれ、音楽をつかさどる天使」とある。当時調べてみたら、ユダヤ教のメタトロン、つまりミトラに対応するとのことだった。

・イスラーフィール(Wikipedia)・・・https://ja.wikipedia.org/wiki/イスラーフィール

あれは一体何だったのか。未だにわからないし、わかる気配もない。イスラーフィールに何かあると言いたかったのか、それともエドガー・アラン・ポーに何かあるということなのか。何が言いたかったんだろう?