弧毒男

12月 142019
 

最近は外に出ると誰も彼もがスマホを弄っている、という。
俺はあまり外に出ないし電車にも長いこと乗っていないのであまりその辺の事情には明るくないのだが、たまに飯を食いに行ったり床屋に行ったりすると、確かに待ってる間にスマホを弄っている奴は多い。「電車に乗ってる人はみ~んなスマホをやってる」と親が言っていたが、なんとなく想像がつく。今はスマホを持ってない奴は人非人、というレベルでスマホが普及しているようだ。
もちろん国が個人の情報管理や金銭の流れなどを一括で管理するのに都合がいいから、キャッシュレス化を進めようとしているのもあるだろう。本来日本みたいに貨幣の信用度が極めて高い国ではキャッシュレス化なんてする必要がないのに、意味のないレベルでなんでもかんでもスマホ機能に統合しようとしている。スノーデンの言葉も日本人は真剣に受け止めていないし、知ったところで世の中に働きかけようともしない。そんなわけで今後はスマホを持っていないと普通に生活できないレベルにまでなるのは時間の問題だ。
かく言う俺は今でもガラケーを使っていて、今使っているやつはもうすぐ10年選手だ。当時南米から日本に帰ってきて、携帯屋へ行って「一番安いやつください」と言って出てきたらくらくホン、それが俺の愛機だ。本当は普通の携帯でよかったのだが、一番安いのがらくらくホンだったのでこれを使っている。
らくらくホンは本来年寄り向けの製品なので、文字がでかい。そしてインターフェイスが幼稚だ。ぶっちゃけあまり使いやすい機種ではない。それにカメラの性能がショボく、綺麗な写真が取れない。それでも一度充電すると1~2週間は持つし、通話するには問題ないし、そもそもメールなんて家族としかしないから、なんとなく使い続けている。
もしこれが壊れたらいい加減にスマホに乗り替えようと思っているが、生憎まだ壊れない。最近はいい加減ボタンを押すとベコベコいうようになってきたが、まだ使えるし、バッテリーも充電すれば1週間はもつので、まだ買い替える気にはなれない。アイドルマスターの渋谷凛の水着画像を待ち受けにして、まだ現役である。
けれどガラケーは2026年には完全にサービス停止するというので、そろそろスマホに乗り換えを真剣に検討する時が来たようだ。そう思いネットでちょっと調べてみたが、格安SIMっていうのに乗り替えるにはMNPってのを利用して番号を移行すればいいんだな。俺はどうせ通話する相手もLINEをする相手もいないから、できるだけ安いほうがいい。今現在はガラケーには月に1000円ちょっとしか払っていないので、できれば同じくらいの費用で済むプランなら、買い替えてもいいかなと思う。
けどスマホの機械が高いのでまだ躊躇している。iPhoneなんて8万とか10万とかするらしいし。そんだけ金があったら新しいノートPCが買えるではないか。PCを買うのと同じ値段で携帯電話を買う気にはならないよな、流石に・・・。もしメモリが4GBでROMが64GBのが2万円くらいで売ってたら買ってもいいけど。てかそれくらいが適正価格じゃないの、ケータイ電話機なんて?
それに俺はスマホでゲームをする気は一切ない。俺は由緒正しいPCゲーマーなので、PCでしかゲームはしない。テレビを見るとスマホゲーのCMがバンバン流れているし、俺の兄妹もスマホでゲームをすると言っていたが、俺はスマホゲーのようなものは絶っ対にやらない。それはPCゲーマーの矜持のようなものである。誇り高きPCゲーマーとして、俺はスマホゲーのような「エセゲーム」には見向きもしないのだ。それはここに宣言しておこう。
別にゲームのことはどうでもいいし、おサイフケータイとかLINEとかにも興味はないしやる相手もいないけど、ガラケーの寿命が近づいてきたようなので、最近はスマホに興味津々ではある。もしバッテリーがヘタって一週間もたなくなったら買い替えようと思ってるが、生憎元気だ。ベコベコボタンは気になるけど、別に困ってないしなあ・・・。
なぜ今回俺がこんな事を書いたかというと、先日新しいPCモニタや地デジテレビや靴を買って、お金を使う楽しさを久々に知ってしまったからである。お金って、使うと楽しいよね、やっぱり。今は少ないながらも収入があるので、貯めてばかりではなく使ってみたいのだ。そんなわけで、次に買うならスマホか、もしくはノートPCだ。どっちも無くても困らないが、あると便利。両方欲しいなあ。あ、けど、MSFS2020が出るからデスクトップPCも新調したいんだよな。迷うなあ・・・。

12月 022019
 

うちのトーチャンなんだが、もう70を超え、いいジジイである。
けど歳を取るにつれて、次第に意固地になってるというか、頑固になってるというか、気難しくなってるというか・・・。昔はもっと寛大な性格だったのが、段々付き合いづらい性格に変わっていってるような気がする。特にこの数年でずいぶん変わってしまったと思う。その辺はカーチャンも常々言っていて、最近ではカーチャンと話していると、気がつくとトーチャンの悪口を言い合っている、という感じである。まあ年を取ったら誰でもこんな感じなのかもしれないけど、ちょっとだけ悲しくもある。
そんで、うちのトーチャンは今でも仕事をしていて、会社を定年退職した後、持っていた資格を使って別の仕事をしている。そのため今でもPCを使うのだが、昔はPCのことでわからないことは俺に質問してきたものだった。けれど最近は、何でも自分で解決しようとする。それは別にいいのだが、なぜかその際に頼るのが検索エンジンではなく、あの「PCデポ」なのだ。
PCデポと言えば、PCのことをわかってない年寄りを相手にアコギな商売をしているとして一時叩かれていた企業だ。うちのトーチャンはそのPCデポのいいカモにされているようなのだ・・・。
例えば、最近新しいデスクトップPCを買ったのだが、それがメモリ4GBでストレージHDDという低スペックなもの。それで使いながら「遅い遅い」と文句を言っている。そりゃ遅いに決まっている。せめて買う前に俺に一言相談すれば、メモリは8GBでSSD搭載のものを勧めたのだが、トーチャンは自分で勝手に決めて買ってきてしまった。昔だったら俺にいろいろ相談してきたのだが、最近は意固地になっているので相談もしてこないのだ。てかPCデポのスタッフも、Windows10のマシンでそんな低スペックなのを売るなよ、遅いってわかるだろ。
それになんと、PCデポの有料会員サービスまで加入している・・・。年間いくら払ってるのか知らないが、何か問題が起こってもネットで検索することもしないで、いちいちデスクトップPCを車でPCデポまで運んでいって解決してもらうのだ。普通だったらPCに詳しい俺が側にいるんだから俺に聞かん?もうPCデポをすっかり信用し切っているのだ。
そして困ったことに、スマホまでPCデポで購入し、その際「格安SIMにした」と言っているにも関わらず、月々5000円以上払っている・・・。一体どんな契約をしたら格安SIMで5000円を超えるのだろうか。てか問題なのは、何もわからない年寄りにそんな適当な契約をさせたPCデポの方である。完全に年寄りを食い物にしてるとしか思えない。
思えば、俺の内職のいかがでしたかブログ、あれの記事でPCデポのことを取り上げたことがある。その際に俺もいろいろ調べて知ったのだが、やはりPCデポというのは何もわからない年寄りを食い物にして高い金を巻き上げているというので、相当いろいろ叩かれている企業だった。高い契約を押し付けて、解約にも応じず、高額な違約金を払わされた、とか・・・。
けどこういうのを知ってもトーチャンは聞く耳を持たないだろうし、頑固になっているのであまりうるさく言うと怒るだろうから、敢えて何も言わないでいる。カーチャンも「自分の好きなようにやらせておけばいい」と半ば呆れ気味だ。
断っておくが、別にうちのトーチャンはボケてはいない。まだまだ仕事をしているし、ゴルフなんかの趣味もしているし、体もピンピンしていて、PCだってエクセルなんかは俺よりも遥かに使いこなせる。ただ「頑固」「意固地」「人の話を聞かない」という欠点が、どうしてもそれらをスポイルしているのだ。せめてPCやスマホに関しては、一言俺に相談すれば何でも安く済むのに・・・と思わざるを得ない。
そんなトーチャンだが、こないだの誕生日には俺は日本酒をプレゼントしてやった。まだまだ元気でいてくれよ・・・と思う。ただこれ以上頑固で意固地にはなってほしくないが。

11月 272019
 

数年前「作家になる!」と決意し、その勉強のためにと思い本をたくさん読むようになり、いつの間にか読書が最大の趣味の一つになってしまった俺。気がついたら本を読むのは楽しいけど、自分で小説を書くのはサッパリという状態が続いている。
まあこれに関してはそのうちなんとかするとして、今日の本題。
かの「小説家になろう」を見ても、いろんなブログを見ても、ラノベを読んでいても思うのだが、なぜ「一行ごとに改行」するのだろう。俺が自分で小説を読んでいても、基本的に段落というものがあって、リズムの良い文章を書くには上手に改行することが大切だと思う。というか皆学校の国語でそう習ったはずだ。
けれど昨今の流行りでは、一行ごとに改行するのがトレンド、らしい。それは俺の内職でやってるバカブログ、いやクズブログ、いやいやいかがでしたかブログの文章を書く時でも、クライアントは「一行ごとに改行して下さい」と注文をつけてくる。「小説家になろう」とかラノベとか、ああいうのを読んでても、とにかく皆一行ごとに改行して、下手すりゃ2~3行ごとに空白行を入れている。
単純に「読みやすいから」なのかなとも思うのだが、俺は別にそういうのを読みやすいとは思わない。むしろ逆に、どこまでが一つのセンテンスなのかがわかりにくくて、読みにくいと思う。一説によると「小説家になろう」では、一行ごとに改行しないと皆が読んでくれないのだそうだ。
思うに、読書をする人間の絶対数が減ってしまったので、「正しい日本語の書き方」を皆がわからなくなっているだけではないだろうか。正しい日本語に関して俺が偉そうに抜かせるほどの立場ではないが、センテンスというものがあって、適当な改行の頻度というものがあるはずである。むやみに改行してしまっては意思が正確に伝わらないとか、意図を適切に伝えられないとか、そういう事もあると思う。それなのに皆一行ごとに改行している。果たしてそれは、ネット世界の流行に過ぎないのか、国民の日本語能力の低下を意味しているのか。
舛添さん(俺はこの人をあまり高く評価していないが)も、日本人が本を読まなくなった、と嘆いていたが、俺みたいにこれまで読んだ本の絶対数が大したことのない輩が偉そうに言えた義理ではないが、確かに本を読まない人間は多い。俺の高校大学はそれなりのレベルの学校だったが、周りに本をたくさん読んでいる人間は、はっきり言って一人もいなかった。その子供たちは親を見て育っているから、よけいに本を読まないだろう。そういうのが現状になっている。
俺は絶対に「一行ごとに改行」するような文章は書かないし、たとえブログの閲覧者を増やしたくてもそしてそのために「一行ごとに改行」することが最適だとわかったとしても、それでも「一行ごとに改行」はしない。それは、俺の文章書きとしての意地のようなものだ。正しい日本語は、決して「一行ごとに改行」するようなものではないのだ。
実はこれが、俺が「小説家になろう」に文章を投稿したくない理由の一つでもある。だってせっかくいいものを書いても、一行ごとに改行していないから最初から読み手がいないとか、もしそうだったらバカバカしいからね。どうせ「小説家になろう」なんて、あまり知能の高くない連中が読んでるようなサイトだろうし。
そんなわけで、今回も俺の文章は読みにくかったかもしれない。このせいで閲覧者がいつまで経っても増えないのかもしれないが、気にしないことにする。舛添さんのブログも改行があまり無い文章だが、やはりちゃんとした人の文章は、ああいうものなのだ。

11月 212019
 

最近内職をして小銭を稼いでいるので、自分へのご褒美として少し買い物をした。PC用のモニタと、地デジテレビを買ってみた。
PC用のモニタは7年前に買ったナナオ、いやEIZOの23インチのをずっと使ってて、なかなかいいモニタで何の問題もなかったのだが、もう少し大きいやつのほうが動画視聴もネットもゲームも捗ると思ったので、27インチのを買った。メーカーはDELL。
7年前は27インチといったら5~7万くらいしていたが、今は安いんだな。2万5千円で買えた。HDMI接続は初めてだったが、早速取り付けてみると、なかなかいい。発色は前のより少し薄いが、ベゼルも薄いし、何よりでかい!これはアニメ視聴も映画視聴もゲームも捗りそうだ。
そして地デジテレビだが、今までは9年前の日立製のWoooの26インチを使っていて、HDD内臓でなかなかいい製品だったのだが、バックライトの調子が少し悪くなったようなので、こちらも買い替えた。新しいやつはパナソニックの32インチのやつだ。
組み立ててみると、ネジ穴がネジと合ってないようなところがあったが、箱を見ると「ベトナム製」と書いてある。こういうところがメイド・イン・ジャパンとはちょっと違うよなと思ったが、実際に映りを見てみると大変綺麗で、やはりベゼルも細く、おまけに軽い。
けど今の地デジテレビはHDD内蔵のやつがほとんど無いのは驚いた。みんなHDDは外付けだ。これは何故なのだろう。メーカーがHDDを別売りにして余分に稼ぎたいのか知らないが、HDD内蔵のものは三菱の一種類くらいしかなかった。それでHDDも買ったが、テレビの値段を考えると、HDDって高いよな。そんなにコストがかかる製品なのか?
けど、電化製品って一つ壊れると次々に壊れるような気がする。そんで不思議なことに、壊れたから新しいのを注文すると、ピタリと治ったりする。実に不思議だ。昔読んだ小説に、物が人に復讐する、というのがあったが、なんか電化製品が意思を持っているような・・・。
けど俺の悩みは、タバコを吸うこと。ヘビースモーカーなので、何か物を買っても数年も経つとヤニで真っ黄色になってしまう。これは綺麗好きな俺にとっては辛い。たまに雑巾で拭くのだが、それでも数年も使うとヤニで汚くなる。古いPCモニタも地デジテレビも、ベランダに出して日の当たるところで見てみると、相当汚かった。俺は綺麗好きなんだけど、このヤニはどうにかならんもんかね・・・。
ちなみに買ったところはアマゾンだ。引きこもりの味方アマゾン。値段を比較してみると、やっぱ一番安いしね。ヨドバシで買っても良かったんだけど、ポイント分を考えてもやっぱりアマゾンの方が安いようだし。それにヨドバシには昔店舗でムカついた思い出があるので、どうも買いたくない。気がついたらヨドバシも本やらファッション用品やらいろいろ売っているが、電化製品以外は買う気にならんし、返品できないというのがどうもな。その点アマゾンは返品も交換も自由だし、やはりアマゾンに軍配が上がる。
今見てみたら、アマゾンポイントが2000以上貯まっていた。これでまた本が数冊買える。やはり引きこもりにはアマゾンだな。今年読む分の本はすでに買ってあるので、カーチャソにCDでも買ってやろうかな?

11月 132019
 

はぁ・・・世界滅びないかな。
ぶっちゃけ、俺は世界がどうなっても全然構わない。俺の人生なんてもはや修復不可能な負け組人生だし、このまま生きてても暗い未来しかないだろうし。「希望のない人生」というものは、それそのものが人を不幸にする。
思えば9年前の2010年、世界が滅ぶ切っ掛けはあったのだ。そう、ジャスミン革命である。カルタゴの故地であるチュニジアで起こったあの事件で、リビアもエジプトも政権転換し、そのままサウジやシリアに飛び火し、世界各国がシリアに軍事介入しそうなところまで行った。
あの時俺が余計なことをしなければ、そのまま世界大戦になり、その結果世界は滅んでくれてたのかもしれなかったのに・・・。ああ、俺のバカ。自分で自分の首を絞めるようなことを何故してしまったのか。
ローマ法王も辞任したし、シリアへの軍事介入もポシャってしまったし、せっかくアーサー・C・クラークの「2001年宇宙の旅」と「2010年」に起因する千載一遇のチャンスは潰えてしまった。また何かあるとすれば、その9年後の2019年つまり今年だったのかもしれないが、何も音沙汰がない。サウジとイランにもっと頑張ってほしかったのだが、両国ともおとなしいままだ。
ここ数年でいろいろなディストピア小説を読んだが、マジであんな感じになりそうな気配である。中国なんて監視カメラが3億台とか言ってるし・・・。
テレビで安倍の野郎の黄色いネクタイを見るだけで怒りが湧いてくる。もう滅んじゃっていいよ、世界。

10月 312019
 

神を信じるというのは、神のいうことを何でも聞くということではない。迷った時に「神様っているのかなあ、いないのかなあ、いるはずだよなあ、よし神様がいると信じよう」と、神の存在を「信じる」ことである。それは、神の存在に疑いを抱かないことではない。疑いながらも、とりあえずいると信じる、それが神を信じること、だ。
俺は、神というのはこの世そのものだと思っている。この世というのは、要するに全宇宙だ。この地球も、月も、太陽も、宇宙の一部である。つまりこの全宇宙そのものが、神と等しいと思う。
宇宙は絶えず膨張していて、それは終わることがない。遙か太古のビッグバンの時から宇宙は膨張を続けていて、それは永遠に続く(だろう)。もし宇宙が終わる時は、熱的死を迎える時だとか、科学的な理論があったような気がするが忘れた。
とにかく宇宙は無限に果てしなく、終わりがなくて、ということはつまり果てがないのだから、どこまで行ってもそれは99%だということだ。有限であればどこかで100%に達するはずだが、果てがないのだから終わりまで到達してもそこは99%のはずである。
そう、この世は、常に99%の状態を保っている。故に完全なものなどどこにもない。
そして人類最大の命題である「神は実在するか?」という問い、これに対する答えも簡単に導き出すことが出来る。それは「絶対にわからない」だ。何故なら、この世つまり全宇宙が99%である以上、それに重なり合う神という存在も、99%でしかありえないからだ。99%までしか存在し得ないこの世に100%重なり合う神、その存在をどれだけ探求しようとも、その答えは99%までしか導けない。99%の100%は99%である。
よって神が実在するかどうかという問いの答えには、どんなに頑張っても99%までしか辿り着けない。だから絶対にわからない、のだ。それが神という存在の本質である。そしておそらく、その残りの1%に悪魔が入り込んでいるのだろう。
故に我々は、神を信じるしかない。いるかいないかわからないが、いることを信じるしかない。それが「神を信じること」である。それは確かに苦しい。確証のないものを信じることほど苦しいことはない。けれどおそらく、皆感じているはずだ。身の回りの自然現象、それは風のせせらぎだったり、大気のうねりだったり、葉の擦れる音や、鳥の囀りや雷鳴の轟きだったりするかもしれないが、そういった有象無象の現象の中に、神の存在を確かに感じることがあるということを。そう、神はこの世つまり宇宙そのものである。だからそこにいるのだ。
もちろんそれに関しても確証はない。何故ならどれだけ突き詰めようとも、答えは99%だからだ。この世の究極の問いの答えが99%なんだから、我々が迷える存在なのは当然だ。だから「神様っているのかなあ、いるはずだよなあ、信じるしかないよなあ」と神様を信じて生きるのだ :-p

10月 262019
 

俺の読んでいるブログの主が、アフィリエイトを貼って小銭を稼いでいるという。
そういう「ネットで小銭を稼ぐ」というのは、一昔前にはずいぶんもてはやされた話題で、俺も興味があった。事実、俺も昔運営していたホームページには、アフィリエイトの広告を貼っていたものである。
しかし今や、そういうので稼ぐのはまず不可能だということを皆がわかってしまったので、そういう話題に騙される奴はさすがにもういなくなったのではないだろうか。
そのブログ主も、最初は頻繁に日記を更新してPV稼ぎに四苦八苦していたようだが、最近は更新頻度もめっきり減ってしまったので、多分ネットで金を稼ぐなんてことはまず無理だということがわかったのだと思われる。
俺のホームページはかれこれ15年前に作って昨年までずーっと公開していたのだが、内容は「PCゲームの紹介・音楽CDの紹介・エッセイ・自作小説・歴史の考察・ブログ・掲示板」と、なかなか盛り沢山だった。作って数年後にはSSHが使えるサーバを借りて独自ドメインを取り、CGIなども使っていた。NAMAZUのサイト内検索も設置していた。なんというか、ああいう「古き良きホームページ文化」の時代は終わってしまったと思ったので、消してしまったが。
けどYahoo!カテゴリにも登録されてたし、ゲームの名前でググると全てのページ中の一番上に検索結果が出たり、ユニークアクセスで50000人以上来たから、割と良いホームページだったと思う。
思い出されるのは、南米にいた頃、ある零細SEO企業からメールが来て、「広告を載せてくれたら謝礼を払います」と言ってきたことだ。これは確か一ヶ月で1500円だか3000円だかの稼ぎになったんだったかな。認められた気分がして、結構嬉しかったな。その他アマゾンのアフィリエイトも貼ってて、合計で月に数千円の収入があった時期もある。結局「個人ホームページで広告を貼るのは邪道だ」とかわけのわからん強迫観念が出てきて、全部剥がしてしまったが。
当時のホームページのパーツは今でも全部とってあるが、素材は全てフリーソフトで作った。ン万円もするフォトショとかを使えばすぐに出来ることを、複数のフリーソフトで工夫して組み合わせて使い、いろんな素材を作ったのが懐かしい。
せっかくだから、当時の俺のホームページのバナーを参考までに貼ってみる。当時から飛行機とフライトシムが好きだった俺の、情熱の欠片である。いい思い出だ・・・。