投稿記事

”奴隷薬”は実在する?

「イスラエル秘密捜査事件の真相」というブログがある。
https://nobuaki22.seesaa.net/
http://www5e.biglobe.ne.jp/~NOBUAKI/

ここで「奴隷薬」というのが取り上げられている。
日本の精神科はとにかく「薬を飲むことを金科玉条にする」が、当然「なぜ向精神薬を飲まねばならないのか?」と疑問を持つ人間(患者)もいる。だが気がつくと皆が飲むようになる。俺自身の経験から言うと、通院を繰り返すうちに、いつの間にか「疑いを抱くことができなくなる」というか「精神的な抵抗力を削がれてしまう」感じだった。つまり医師の言いなりになるという「精神的奴隷化」をされていた印象。
上記のブログの内容は虚偽が意図的に混入されているようだが、実際「奴隷薬」は存在する、というのが俺の意見である。それは向精神薬、おそらく一種類や二種類ではないだろうが、それに”ある成分”が含まれていて、それを服用することで「他人に反論する意思が削がれてしまう」「他人に反抗する意欲が削がれてしまう」ようになり、結果的に精神的な奴隷にされ医師の言いなりになってしまう・・・そういう”成分”があるはず。それがイコール奴隷薬だろう。

日本の精神科医が「薬を飲むことを金科玉条にする」のは周知の事実で、仮に飲まない者(患者)がいたら、例によって病院に家族と一緒に呼び出して飲むことを強制したり、家族に命じて本人の食事にコッソリ混ぜさせたり、無論「言うことを聞かないから」という理由で強制入院させたり、ありとあらゆる手段を使って飲むことを強制する。言うまでもなく「向精神薬を飲まねばならない法的義務は存在しない」がそんなのはお構いなし。

日本が精神医学界や薬剤メーカーの食い物・実験場にされているのは、世界の精神病床の25%が集中していることからも自明で、もちろん風俗店で強制売春を強いられたりAV出演を強制されている女性が精神病になっているケースも多いし、以前「うつはこころの風邪。悩みがあったらすぐ病院へ」などと国民に精神科通院を奨励するTVCMを放映していたのを見ても、国を挙げて精神医学界にご奉仕する体制。なにせ「統合失調症は100人に一人が発症する」というとんでもない与太話を公式にアナウンスしている国である。
以前述べたように、薬剤メーカーはフランスとスイスの「社会ダーウィニズム/優生学派閥」が強いので、その利益のための餌場になっているのが日本国である。広義の意味で覚醒剤もドラッグも「薬剤」だが、MEDICINEの語源である一族との関連など知らん。市民に言うことを聞かせたいならそれこそ「奴隷薬」を使うだろうし、精神病患者で実験するのも自然だろう。

あの日、空が紫色に染まった

ずっと好きな女の顔が、今も思い出せない。
ただシルエットが脳裏に浮かぶのみ。そして着ていたあの服と。
宇宙を駆ける列車の乗客のように「青春の幻影」として、ただ。
記憶の囚人、思い出の囚われ人。
若かりし青春の日々の、美しき幻影。
その佇まいはまるで白百合の如く。
 

「思い出は美しすぎて」って何の歌の歌詞だっけ。
ホラ男は名前をつけて保存で、女は上書き保存っていう、アレ。もっとも俺の場合は名前をつけて保存してZIP圧縮してパスワード保護までしてるけど、向こうはそもそも新規保存すらしてないかもね。
冷酷(cruel)なのは常に女。女々しいのは得てして男の方。
青春の幻影・・・メーテルは「いつか私が帰ってきて、あなたの傍にいても、あなたは私に気が付かないでしょうね。私は、あなたの想い出の中にだけいる女」、同じ時間を繰り返してそこに戻ってきても、彼女は「あなたは誰なの?」「もう一つの人生で、君がよく知っていた男だよ」と。
そして僕たちは踊る。

肯定と否定

日本の神話体系は太陽神が女神であるのが特徴で、極めてユニーク。女性太陽神を主神とする神話体系は他地域と反対なので、いろいろな面で世界の他の国と逆の価値観になってることがある。

特に言語つまり人間文化の一番の基本の、その中でも一番基本である「肯定と否定」の発声が逆になってるのが不思議だ。例えば英語で「肯定=YES=イェス」で、発音上は「イェー」でも「ヤー」でも通じる。けれど日本語でこの発音だと「いいえ」とか「嫌ー」という否定になる。また「否定=NO=ノー」だが、日本語では「能」は「よく」とか「あたう」という肯定的な語である。このように言語において一番の基本の「肯定と否定」の発声が、概念/コンセプトの上でそもそも英語と日本語は逆であるのがとても不思議だ。
また同じ印欧語のスペイン語で「肯定=Sí=シー」だが、日本語なら「死」と同じ発音で当然否定的な語だから、やはりスペイン語とも価値観が逆である。

発声学とか言語学の知識はないけど、原初の発声の起源から根本的に概念が逆だったのか?と昔から不思議に思っている。

「法」=水が引く?

諸説あるかもだけど、CHINAの語源はCHINつまり秦で、始皇帝が自身を朕と自称したのもCHINより。その呼称を使っている者がどこかにいるとして、以前5chに「◯◯は苗字がないが、本当は『徐』という苗字だ」とあったが真偽不明。その「徐」に海の神である七福神の「福」で、徐福。秦の始皇帝の子分だが、蓬莱山伝説は日本各地にあるという。

「始皇帝は『法』による支配を推し進めた」というが別にフェアな法治国家を目指したとかではない。「法」はインドならダルマ(dharma)と訳されるが、果たして社会システムのLAWと同義かどうか、多分違うだろう。始皇帝による「法」とは皇帝が法を作るもので、普通の法治国家とは違うらしい。性善説=孔子、性悪説=韓非子だが、後者の法家思想とどう違うのか。
よく為政者が「法による支配~」とアピールするがこの辺がミソで、フェアにルールに基づいて物事が判断されるのとは異なるようで。だから今回イスラエルの司法制度改革が難航している最中に中東紛争が起きたり。
ちなみに「法」の部首は「サンズイに去る」だから、水が引くみたいな意味?なら古代に大洪水が起こり水が引いた後~のような意味だろうか(想像)。

そして「法」といえば気になるのが、魔術師として有名なアレイスター・クロウリーの「法の書」。読んだことないがこの人物に傾倒するミュージシャンが極めて多いことで有名。「カシミール」を書いたレッド・ツェッペリンも傾倒してたのは知られる。

未智との遭遇

国際情勢を見てると、お芝居とブラフと設定みたいなのが渦巻いてるような気がしてすごく興味深い。

まあそれは置いといて、去年から「不思議だな~」と思うことがしばしば。それは「俺になぜそれを見せるの?」という事。例えばそれまで見る機会のほとんどなかったバイクを街中で頻繁に見るようになったし、コンビニ行ったらなぜか古典的な族仕様のバイクがわざとらしく停まってたり。
あとはキチガイ病院にぶち込まれ中、テレビで俳優が元バスケ部だと話してたら直後にバスケ漫画がロビーに出現したり(自分も中学時代に強制入部させられていたがレイアップシュートとドリブルシュートができるだけの下手糞)。
それに制服姿のJCとJKが全然脈絡もなく視界に入ってきたり。別にいいけど「おまえら学校は?」と問い詰めたい。だって真っ昼間の授業時間に制服姿で外歩いてていいの?と。
そして最近は、なぜかミニスカorショートパンツ姿の生脚ギャルがしばしば出現。別にいいけど寒そうだなーと。

筒井康隆に「おれに関する噂」という作品があるがテレビ・ラジオで同じような現象があるようなないような。正直何を意図してるのか全然判らん。別に嬉しくないし誰の得にもならないし、生脚ギャルが見れて眼福ってだけで。これらに予算が掛けられてるなら費用対効果は高いのか低いのか謎。

単なる偶然であって別に「見せよう」と企図してるわけじゃないのかもだけど。

地球破壊爆弾はよ

シオニストチヨダのハラスメントっつーか「精神攻撃」。健全な精神は健全な肉体に宿るというけどつまり「エンジン=精神、入れ物=肉体」で、精神つまり心がCPUで肉体がそれ以外のPCパーツという構図。心たるCPUが身体たるメモリその他にデータ展開して全体を動かす・・・作りなので、人間は心と精神を操られると何もできなくなる。
だから「信じる心を利用する」のが人間をコントロールする最も効果的な方法であってそれが宗教。今回キリスト教・仏教・イスラム教・ユダヤ教・神道と、シオニストどもが人々の信じる宗教を利用し悪用してたのはもはや論を待たない。

で、ユング式心理コントロール術の典型として「緩急をつける」がある。ハラスメントを行うにしても、ずーーっとやり続けるのでなく緩急をつけて、一日に何度も実行したら翌日は減らし、その後数日間は控えめにしてちょっと安心させ、また激しく実行したら次の数日間何もせず、また安心させてから再度弱めにネチネチ・・・とか。
こうやって断続的に不連続カーブを描くように緩急をつけて「精神攻撃」をするのがシオニストチヨダの典型パターン。もう30年間ずーーっとそれなので熟知してる。

外出時の街行く人の態度とか表情とか、別に全員ではないだろうが、「マスク着用率」も含め一体日本人の何%がアレなのか。やましいところがあるのかないのか知らないが、他人の人生を生きてる暇なんてないだろうに延~々~コロコロ態度を変えたり変えなかったり。いい加減にしとけよ。
南朝大覚寺統は佐賀市伊勢神社だ。そして私は清和源氏の血族だ。ただの一般市民だが、人類の一員なのか悪魔の仲間なのか、どちらか選べ。