インドの神とヒトラーの敬礼の共通点について

有名なナチス式敬礼の時に、皆の前に立ったヒトラーが「右腕を肩の高さまで上げて、肘を立てて、掌を皆の方に向ける」ポーズをとるが、あれはインドの神の図像を見たことがある人なら皆知ってる通り、インドの神がとるポーズだ。
そしてインドでは「右手は神聖な手、左手は不浄の手」とされる。理由は右手で食事をしたり握手をしたりするので、右手は神聖。けれど低カーストの人間はトイレで排便した後に左手で肛門を拭って水で洗い流す、ゆえに左手は不浄とされる。だから英語では「右=right」だが「光=light」で、両方とも発音は同じだから、右手は「正義・真実・善・公正・権利・正当」等を意味するのは無論、lightつまり「光」も意味する。
つまりイルミナティの「光に従え=Follow the light」はこれのこと。インドの神の図像でどんな系統の神がこのポーズを取るかの詳細は知らないし、アーリアンの神格のみなのか土着の神もなのか俺は知らない。けれどヒトラーが「アーリア人種」「アーリア民族」という言葉を強調した理由は、イラン人・インド人もアーリア人であるのを前提にしてたに決まってる。だから彼の「掌を皆の方に向ける」ポーズはインド神話と同じで「光に従え」の意味だから、やはり彼はイルミナティだろう。

イランという国名がアーリアンに由来するのは言うまでもない。俺はイランについては詳しくないが、一般に「インドとイランでは価値観が逆になってることが多い」といい、特に「インドラの扱いが違う」という。インドラは帝釈天で、朝鮮神話の檀君桓因は帝釈天桓因だから、北朝鮮はインドラ崇拝の国。そしてインドで一応インドラはメジャーな神格だが「かつて大きな崇拝を集めたが、後に唾棄され罵られ侮蔑される神になった」といい、またイラン神話でも「ダエーワの中でインドラは最低の矮小な存在」という。つまりイランアーリア人もインドアーリア人もインドラを嫌悪しており、ドイツのヒトラーも「我々はアーリア人である」と強調したので同様だろう。
だから帝釈天=インドラつまり北朝鮮は、もはやアーリア人の敵以外の何物でもなく、ヤツラが始祖と主張する檀君桓因は「ダンの君である桓(武)の因」なので、やはりダン族とそのリーダーだということになる。

また日本語地名で語源がはっきりしないものは漢訳仏典が起源のことが多い。「有明」はおそらく「アーリア」で、そもそもサンスクリットの「arya=輝く、高貴な」なのでまさに「有明」だ。佐賀県には有明海があり泥の海だが、もちろん「土・泥=アダマ」からアダムという語は生まれた。また佐賀県の三養基郡という地名は「みやぎ」と読むし、もちろん鹿島神宮は本来佐賀県にあったものが本物という説が有力。

よって昨日の「明けの明星~」の文から、邪悪な金星が堕ち代わりに正しい金星が現れて最後の審判を下すといい、それが「天使ヴィーナス」らしいので・・・。イランは悪い奴らに乗っ取られてずっと悪評を撒き散らされてきて、特に女性の人権侵害ばかりしてると誇張されてきたが、犯人は拝火教のふりをしたマズダー教かもしれない。元来イランはペルシャ美女の国なので、ある意味ヴィーナスと言える?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です