南伝仏教とビルマについて

インド亜大陸から船で南の方角に向けて出港し、そのままインド洋を東へ航海し(西へ向かったのがマダガスカル島やエリトリア地方に着いたかは知らない)、東シナ海を北上して朝鮮半島や日本の九州の宇佐地方へ~というのが大まかな南伝仏教のルートと思われ、埴原和郎の「二重構造モデル」における南方系モンゴロイドはちょうどそれに当たり~というのはもう書かない。
だがそもそも埴原和郎は京都大学系だし朝日新聞社に担がれてるから、結局「ブラフ・お芝居」の一員で、ゆえに北方系モンゴロイドが後に本州の畿内地方に渡来して~というのは「=天の橋立から天皇家が畿内地方に渡来してきた」つまり「邪馬台国畿内説」を正当化するためのお芝居学説に過ぎない。だから海部俊樹の一族が宮司を務める籠神社は元伊勢神宮と呼ばれ~という話。
「北伝仏教=大乗仏教=百済仏教=和邇博士」で、その反対が「南伝仏教=小乗仏教(上座部仏教)=新羅仏教=国東半島」であるのは再三述べた。

南伝仏教のルート上には東南アジア諸国の仏教国がいろいろあり、アンコール遺跡やその他があるがその詳細は知らない。もちろん全部が全部グノーシス主義バラモンの基地だったとは思わないし、日本における親鸞聖人のような坊さんもいただろう。でもベトナムのチャンパー(占城)はヒンドゥー教国だったといい中国の史書にも「海賊の国だった」とあるらしく、バリ島はなぜかヒンドゥー教の小島である。
そもそもジャワ島がインドで「大麦の島=ヤーヴァ・ドヴィーパ」と書かれ、ヤーヴァのスペルが「JAWA」だから「ジャワ」島になった。そして中国でヤーヴァ・ドヴィーパを「耶馬台」と書くので(一字違うかも)、それが邪馬台国という語のルーツ。だから「大和=大いなる倭」という語に無理やりヤマトという発音を当て読ませている・・・のが現日本国。なぜならジャワ島にはスメル山があり、日本の仏教は本来の釈迦の教えから外道した須弥山思想に過ぎないからだ。「日本の家紋と同一の紋章がゾロゾロ出てくる」シュメールはSMRと書き、スメラミコトも須弥山もみんな同じ。カイラス山がその頂点に立つ須弥山らしいので、米ドル札裏の「真実の眼=all seeing eye」の在り処はそこだろう。崑崙山脈のXANADUなんて現存するのか定かでないし。

余談だがなぜ世界で日本だけが女性太陽神なのかというと、邪馬台国がルーツだと既成事実化されていて、そこで卑弥呼が女王だったと言われているので「女が最も偉い」という発想から女性太陽神という神話型になっている。だが卑弥呼は古層に属する国の巫女で「地面に立って空の太陽神に祈りを捧げる」役割だった。つまり「大地(地面)=女」だから大地母神信仰と同義で、それなら空の太陽が男神になるからアポロやクリシュナと同様であり、であれば日本の古層文化は他地域と同じく男性太陽神だったということ。そこに上から被さった新しい(現在まで続く)文化型は男性上位原理だからそもそも太陽神が女であるはずがなく、天照大御神が女性太陽神なのは単に「邪馬台国論争と辻褄を合わせるため」に過ぎない。

話を戻すと、南伝仏教が船で航海する際に辿ったルート上にはライオンのモチーフがいくつも残っていて、ナラシンハの「シンハ」はシンガポールの「シンガ」で「シンガ・プラ=シンガポール」だからマーライオンがあり、高麗から高麗犬(狛犬)が日本に伝わったのは一説によると仏教坊主の仕業らしい。もちろんライオンはユダ族のシンボルで、聖書に「ダンは獅子の子」とある(※4×4=16だが16は「ジュウ・JEW・獣」「ロク・6・ダビデの星」)。
おそらく南伝仏教の船団基地だったのがスリランカつまりランカー島で「ラーマーヤナ」の魔王ラーヴァナの居城があったという。古代インドでDEVA(天部)に対立する存在としてアスラ(阿修羅)、ラークシャサ(羅刹)、ヤクシャ(夜叉)が有名だが、ラーヴァナは羅刹である。対立といっても敵かどうか判らないし単に異なる人種民族なのかもしれない。ただ「ラーマーヤナ」が語るのは、ランカー島がカルタゴと同じだったのでラーマ王子が家来の「神の遣いの聖なる猿ハヌマーン」に命じて魔王ラーヴァナを討伐させた、というエピソードである。

ミャンマーは元々ビルマという呼称だったが軍事クーデターで軍部が政権を掌握し、呼称をミャンマーに改めた。「ビルマの竪琴」を持ち出すまでもなくこの国は仏教の坊さんの国として知られる。スーチー女史は父親がアウンサン将軍で、その娘だからアウンサン・スーチーの名である。
「ビルマ」という語の語源はサンスクリットの「ブラフマー」で、つまりブラーマニズム=バラモン教の主神の名が訛ってビルマになった。だから昔から坊さんばかりの国。市川崑は「ビルマの竪琴」を二度映画化し、一作目は白黒、二作目はカラーだったが、二作目のラストシーンで「ビルマの土は赤い、岩も、また赤い」と。じゃあビルマの坊さんたちが赤い衣装に身を包んでるのはなぜなのか。
スーチー女史について「英国留学したので欧米グローバリストの手先だ」といわれ軍部が彼女を拘束したのは実際は国家のためを思ってのことだ、という意見をよく見る。事実スーチーはイスラム難民のロヒンギャを見殺しにした。だから国軍はバラモンに由来するビルマという国名をミャンマーに変更した・・・。一説によるとミャンマー国軍のバックにはロシアがついてるという。だがイギリスはずっとエリザベス女王が統治していて、アメリカのヴァージニア州ラングレーにCIA本部がある。

つまり以前述べたのと同様「英国王室の考え方はどうなのか?」というのが不明。ただ『ミャンマー国について「ビルマ」と表記するか「ミャンマー」と表記するか、世界のメディアは二分している』ことを10年前に叔父へのメールに書いたのだが?

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