剣神社?と蛇の言葉

戦時中に旧陸軍が四国の剣山を発掘調査したといい、白山比咩神社は石川県白山市の鶴来にあり、ともに「つるぎ」。埼玉県蕨市は源義経にゆかりの土地でなぜかクルド人が大勢居住しており、剣神社という日本一小さな神社がある。

旧約聖書の創世記第49章に、
「シメオンとレビは似た兄弟。彼らの剣は暴力の道具。わたしの魂よ、彼らの謀議に加わるな。わたしの心よ、彼らの仲間に連なるな。彼らは怒りのままに人を殺し、思うがままに雄牛の足の筋を切った。呪われよ、彼らの怒りは激しく、憤りは甚だしいゆえに。~」
とあるが、この「剣」は何のことだろう。

また新約聖書のマタイによる福音書第10章に、
「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。~」
とありやはり「剣」と出てくる。
両方とも英語では「sword」だがスペルは「S_WORD」つまり「Sワード=蛇の言葉」?

そして下の文が意味するのは「信仰の強制」で、インドのガネーシャは崇拝を怠ると恐ろしい罰を与える神という性質がある。ガネーシャは象頭の神だが偶像の「像」の字は「ニンベンに象」だから象の人つまりガネーシャを意味し、それは偶像崇拝を強制する神がそれを怠ると罰を与える、つまり信仰を強制していると同義。
つまりメシアもガネーシャも共に「油を注がれるもの」だから、預言者殺しを行ってきた何某が偽メシアになりすまし自らへの信仰を強制している、それが下の文の「自分の家族が敵になる」を実行しているサタンだというのが結論である。

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