「法」=水が引く?

諸説あるかもだけど、CHINAの語源はCHINつまり秦で、始皇帝が自身を朕と自称したのもCHINより。その呼称を使っている者がどこかにいるとして、以前5chに「◯◯は苗字がないが、本当は『徐』という苗字だ」とあったが真偽不明。その「徐」に海の神である七福神の「福」で、徐福。秦の始皇帝の子分だが、蓬莱山伝説は日本各地にあるという。

「始皇帝は『法』による支配を推し進めた」というが別にフェアな法治国家を目指したとかではない。「法」はインドならダルマ(dharma)と訳されるが、果たして社会システムのLAWと同義かどうか、多分違うだろう。始皇帝による「法」とは皇帝が法を作るもので、普通の法治国家とは違うらしい。性善説=孔子、性悪説=韓非子だが、後者の法家思想とどう違うのか。
よく為政者が「法による支配~」とアピールするがこの辺がミソで、フェアにルールに基づいて物事が判断されるのとは異なるようで。だから今回イスラエルの司法制度改革が難航している最中に中東紛争が起きたり。
ちなみに「法」の部首は「サンズイに去る」だから、水が引くみたいな意味?なら古代に大洪水が起こり水が引いた後~のような意味だろうか(想像)。

そして「法」といえば気になるのが、魔術師として有名なアレイスター・クロウリーの「法の書」。読んだことないがこの人物に傾倒するミュージシャンが極めて多いことで有名。「カシミール」を書いたレッド・ツェッペリンも傾倒してたのは知られる。

神武と白山比咩について補足

日猶同祖論を自治体がアピールしている例は普通にあって、この村もその一つ。
http://www.vill.shingo.aomori.jp/sight/sight_main/kankou/sight-christ/

ここに「父親をアヤまたはダダ、母親をアパまたはガガという」とある。「父=男=アヤ」「母=女=ガガ」となっている。
あやとりというのは糸を取って遊ぶ遊びなので「アヤ=糸」、また操り人形は「糸で吊った人形」だから「アヤ吊り=糸吊り」なのでやはり「アヤ=糸」である。おそらく糸の古語をアヤと言ったのだろう。そして糸は発音がイトなので伊都国の伊都と同じ。つまり「父=男=アヤ=糸=伊都」とは神武天皇である。
また蛇の古語をカカ/ガガ/カガといい、G↔K転訛法則により「GAGA=KHAKHA=HAHA」である。だから「母=女=ガガ/カカ/ハハ」であり「女は蛇」である。カガは加賀地方に白山があり白山比咩神社があるから、これは女神なのでその性格を考えても「蛇の女」である。
上記URLに「ヘブライ語で父親をアヤ母親をガガという」とあるから、日本で「神武天皇=アヤ=父」「白山比咩=ガガ=母」に対応し、つまり両者は夫婦ということになる。福岡県北部に細石神社(さざれいしじんじゃ)があり「君が代」の原型があることを考えると神武の妻は磐長姫と思われるが、もう一人白山比咩の存在も挙がるわけだ。
(※崇神神武説についてはこの際不問)

本地垂迹説の白山権現は多面の観音菩薩でまた千手観音なので「何でも見通していていろいろな操作・作為(コントロール)を行う」みたいな思想らしい。それが以前述べたように「白山比咩=菊理媛=コウクリヒメ」だから、山の上から下界を監視して操っているAll Seeing Eyeは神武天皇が統べていることになる。だから高麗神社のある埼玉県日高市は「日高見の国」に由来する。
もちろん仏教用語の「上座部」とは「(山の)上の方に座っている奴ら」の意。

ダンは高麗犬の子

関西で医師がALS患者を安楽死させて嘱託殺人で懲役18年と報じられたのを見て、やっぱりこの国は「人の幸せ」を全く考えてない、というか考えてない奴が支配する国だなーと思った。
俺がいつも見てる5chの某板には、しょうもない工作員みたいなのが常駐しててず~っと荒らし行為をしているけど、ソイツラが以前書いた内容でよく覚えてるのが「この世の中はずっと悪く、これからも悪く、それを良くしようと思う者は裁かれるんだわ」というカキコ。これを読めば一目瞭然、世の中を悪くすることしか考えておらず、コイツラこそ法の番人。

入門 白山信仰—白山比咩の謎に迫る(内海邦彦/著)」という書籍があるが、これを読んで興味深かったのが以下のページ。

高麗神社(高句麗神社)は埼玉県日高市にあるが、言うまでもなく日高は「日高見の国」に由来する。
「ダンはおのれの民を裁く」と「裁く=JUDGE」という語が聖書に書かれたのはもう2000年前。そして「あなたの救いを待ち望む」とも書かれてる。「ダンは獅子の子」とあり、高麗犬こそ獅子。
世の中を悪くすることしか考えてない輩は「=悪魔」だから、共存するのは無理かなあ、と。

「Fall=秋」だけど?

Hammer to Fallというが「Fall=秋」。
記紀神話で「トンボがたくさん飛んでいる。トンボはアキツという。じゃあトンボが飛ぶから秋津島」というくだりがあるが、アキの津のアキは安芸だろう。つまり広島。
「Hammer to Fall=アキへの鉄槌」。
ちなみに「トンボ=Dragon Fly=ドラゴンが飛ぶ」なので「秋津島=ドラゴンが飛ぶ島」。つまり水の中の龍=レヴィアタン。LeviathanだからLeviとついてるので、隠れ十三番目の支族であるレビはこの国のどこかだろう。

余談だがまな板は魚を切る板で、古代イスラエルで「マナ=聖なる食べ物」だが、航海民族のユダヤ人にとってそれは魚であり、ゆえに日本でまなとは魚のことだという説がある。

マロン派の箇条書き

・フェニキア人はレバノン杉を建材に船を造ったがそれは現在カディーシャ山地の保護区にしか生えていない
・古代エジプトの船もレバノン杉で造られていた
・カディーシャ山地はキリスト教マロン派の集まっている渓谷
・カディーシャ山地の東にカデシュがあるがその言語はアラム語(シリア語アラム方言)、イエスが話していた言語もこれ
・カデシュ・バルネアに出エジプト後のユダヤ人は留まった
・十字軍にマロン派は合流し加勢
・東方教会だがマロン教会はアンティオキア総大司教を長とする。原始キリスト教の中心はアンティオキア教会との説あり
・レバノン人はフェニキア人だという「フェニキア主義」を主張しレバノン独立に加担した多くはマロン派
・レバノンの要職をマロン派は極小数で独占
・--「カデシュは、エジプト第18王朝のファラオ・トトメス3世の遠征に対抗してレバントの都市国家群が連合を組んだ際、連合を指揮したカナン人の二つの都市国家のうちの一つとして歴史に登場する」--、もう一つはメギドで、ハルマゲドンは「メギドの丘=ハル・メギド」
・ビブロスはアルファベット発祥の地でBIBLEとの関連、この地のパピルスを使用した?
・バアルベックはヘレニズム時代にギリシャ人がバアルを太陽神とみなし、この町をヘリオポリスと呼んだ
 

https://ja.wikipedia.org/wiki/カデシュ
https://ja.wikipedia.org/wiki/ビブロス
https://www.jw.org/ja/ライブラリー/本/聖書-物語/3/モーセ-打つ-岩/

ソシモリについて想像

元々日本の神社で「神宮」とつくのは伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の3つだけで、後者2つは祭神が武甕槌命と経津主命で天孫降臨に関する神であり、ゆえにとても社格が高いため神宮とつく。鹿島神宮の御神体はタケミカズチの剣だが、この神社の近くに「わに川」という一級河川が流れている。中村元は「金毘羅神はガンジス川のワニのクンピーラである」と述べるが、他にわにとつくのは百済系渡来人の和邇博士がおり、日本に仏教と漢字を伝えた人物として知られる。
建前上日本の仏教は大乗仏教で、北伝仏教がユーラシア大陸を北回りでバーミヤンや敦煌を経由して百済から日本に伝来したことになっている。だが建前上源平合戦で源氏が勝利して平氏が滅んだことになっているのと同様「建前」で、事実上日本仏教は非常に小乗的でとても衆生救済とは言い難い。その小乗仏教はインドから南回りで新羅を経由し国東半島で栄えたといわれる。その逆の「大乗仏教-百済-わに」は本来セットなので、近くをわに川が流れる鹿島神宮もそのグループに入るはずだから、金毘羅神つまりコンピラ様が鹿島の水軍だったことになる。
だが一部で「藤原氏のルーツは茨城県の鹿島地方」という嘘が流布されている。それは春日大社が鹿を重要視するのと混同されている部分もあると思う。藤原氏は元々中臣氏で大化の改新後に権勢を振るったから、日本書紀の「韓人、弓を射る」を考えれば渡来人系なのは自明。カラ人はCR人だから白つまり新羅のはずで、ならば百済と敵対する立場だから鹿島神宮とも反目するはずである。よって藤原氏のルーツが鹿島地方というのはあり得ない。
それなら天孫降臨神話の船/乗り物にあたる、香取神宮の経津主命の「フツ」とは何かといえば、おそらく千葉県富津市のフッツと同じはず。両者は共に千葉県内にあるが、房総半島西岸つまり内房に弓月君の港があり「君(キミ)の津」なので君津市というはず。富津市と君津市は隣接している。そしてその近郊で弓月君が居住していたのが久留里ではないかと思う。字を見れば「クルの里」だし、妙見神社つまり北極星を祀った神社もある。
香取神宮の経津主命が船/乗り物で、鹿島神宮の武甕槌命が先陣を切り、ニニギノミコトの天孫降臨が行われたと記紀神話にあるけれど、実際の船/乗り物は金毘羅様だったので鹿島地方にはわに川が流れており、ならば香取神宮の祭神が経津主命なのは君津市が弓月君の港だった事実と符合させるための虚偽ではないかと思う。なぜなら別の文に書いた通り千葉県は根の国と思われるからだ。八幡神社の祭神である応神天皇の和風諡号は「誉田別尊」だが外房線に誉田という駅がある。
そしていわゆる「ソシモリ」の意味や場所には諸説あるが、「ソ=蘇民将来の蘇」「モリ=森とか守」で「し=”する”の連用形」なら、それが久留里つまりクルの里でも不思議はないと思う。